宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 90, 2013

シンポジウム

「超高齢社会課題と「きぼう」日本実験棟の接点を探る─これからの尊厳ある高齢者生活の実現を目指して─」

2. 宇宙で見る夢,眠りの科学

裏出 良博

筑波大学 世界トップレベル研究拠点プログラム 国際統合睡眠医科学研究機構

Dream and sleep science in the space

Yoshihiro Urade

International Institute for Integrative Sleep Medicine, World Premier International Research Center, University of Tsukuba

高度400 km上空に建設された国際宇宙ステーション(International Space Station,以下,ISSという)では,常時6名の宇宙飛行士が滞在し,様々な科学実験や観測を行いながら生活している。ISSに長期滞在する宇宙飛行士は,家族から隔離され閉ざされた空間で,約半年間,微小重力やISS特有の騒音,臭いなど特殊な環境に曝されながら,分刻みの業務を実施している。このような通常と異なる環境では,生物学的リズムへの影響や睡眠障害の発症などが懸念される。
 そこで,宇宙での睡眠対策技術の開発及び,その社会への還元を目的に,平成20年10月に日本睡眠学会とJAXA宇宙医学生物学研究室のメンバーを中心としてJAXA「きぼう」利用フォーラムに「宇宙睡眠研究会」が組織され,2年間「きぼう」での宇宙実験計画に関する検討を行った。その後,平成23年「きぼう」を利用した社会課題解決フィジビリティスタディテーマとして研究を深化させた。これらの成果を基に,我々はISSにおける宇宙飛行士の睡眠脳波を計測して睡眠の質を確認できる簡易な小型脳波記録計を開発し,古川聡宇宙飛行士のISS第28次/第29次長期滞在中に,宇宙医学実験支援システムの技術実証実験の一環として2回の睡眠計測を実施した。これにより宇宙での睡眠に関する客観的なデータを取得し睡眠評価を行うことが可能となった(裏出良博:携帯型睡眠脳波計測装置の開発とその応用について。睡眠医療 vol. 6 No. 2 366-371, 2012)。宇宙仕様の小型脳波計の開発では,一対の電極での簡便な睡眠計測機器という特徴以外にも,いくつかの点に留意した。まず,宇宙飛行士の忙しさを鑑み,電極の接触を担保するためのヘッドキャップに電極と脳波記録装置を組み込み,1アクションで全てのスイッチが入り脳波測定および記録が開始される仕組みとした。そして,電源のon/offと脳波記録の計測状態を宇宙飛行士が自ら鏡を用いて確認できるように左右反転表示の小型モニターを取り付けた。一方,ISSは直流電源環境なので交流ノイズによる脳波測定の妨害の恐れはなく,微小重力環境なので装置の重量は地上ほど問題にはならなかった。
 現在,日本睡眠学会の委員会の一つとして活動する宇宙睡眠研究会では,これらの技術を宇宙から地上へスピンオフし社会還元を図ることを目指している。例えば,夜勤を含む3交代24時間体制でISS「きぼう」実験棟を地上から支える運用管制官,あるいは多くの命を預かる航空機のパイロット,公共交通機関の運転士などの勤務前夜の睡眠の質を確認し,彼らの健康·労務管理に利用することができる。装置をさらに小型化して将来的には家庭用の携帯型脳波計へと発展させる。一般家庭で使用されるようになれば,1晩の睡眠で取得されるデータ量は数メガバイト程度なので,携帯電話などの情報端末を用いたデータ通信により,医療機関や睡眠の専門家による診断を在宅にて受けて個人の睡眠改善や健康管理を実施することができる。このような睡眠モニター·システムが普及すれば,睡眠不足によるヒューマンエラーや交通事故等の発生を抑えることに繋がる。また,不眠はうつ病などの精神疾患の必発症状なので,日常の睡眠に関する客観的なデータを提供することにより,うつ病治療のバックデータとして活用され,快適な睡眠環境の獲得に資することができる。このように宇宙での研究成果を地上で活用することで,より実践的な社会活動に貢献できる。