宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 86, 2013

会長講演

水の物性と模擬無重力

小野寺 昇

川崎医療福祉大学

Relevance of physical characteristics of water and simulated weightlessness

Sho Onodera

Kawasaki University of Medical Welfare

浸水時には,水圧,浮力,水温,粘性などの水の物理的特性に起因する一過性の身体適応が生じる。浸水時の適応は,陸上での適応とは異なる。これらの適応が模擬無重力環境のアドバンテージになり得ることをこれまでの研究成果に基づき解説した。特に陸上と水中の違いを原理(浸水時に共通する普遍的法則)と理論(普遍的法則を成立させる考え方)から解説を進めた。① 浸水安静立位時の心拍数変化: 【原理】心拍数は陸上より水中の方が少ない。年齢,性別に関係なく同じ傾向を示す。【理論】水圧が静脈に作用し,静脈還流量が増加する。このことが一回拍出量の増大に結び付き,心拍数を減少させる。【解説】身体(立位)が浸水(水温30°C)すると静脈血管に静水圧がかかり(1 mあたり0.1気圧相当),毛細血管での体液移入が生じる。このことが中心循環量を増大させ,静脈還流を促進させる。心臓に戻る血液循環量が増加し,一回拍出量が増大する。② 水中運動時の心拍数変化:【原理】水中運動時の心拍数は,陸上運動時よりも少ない。【理論】水中では,運動強度が低いほど静脈還流のアドバンテージが大きい。【解説】水中運動時と陸上運動時の酸素摂取量が同じになるように設定したとき,心拍数は水中運動時の方が少ない。③ 安静立位時の血圧変化:【原理】若年者の収縮期血圧·拡張期血圧は低下する。高齢者の収縮期血圧は上昇する。性別に関係なく同様の傾向を示す。【理論】加齢に伴う血管弾性(血管コンプライアンス)機能の低下が血圧の上昇に関与する。【解説】若年者の血圧は,陸上立位時より水中立位時に低くなる。一方,高齢者の血圧は若年者とは逆に,陸上立位時より水中立位時に高くなる。④ 浸水安静立位時の静脈還流量の変化:【原理】静脈還流量は,水位が高くなれば増大し,水位が低くなれば減少する。性別に関係なく同様の傾向を示す。【理論】静脈還流量の増減は水圧の増減に依存する。【解説】水深が深くなれば静脈還流が促進される。逆に水深が浅い時の静脈還流は陸上立位とあまり変わらない。この変化は,浸水後数10秒で生じる。⑤ 水中運動時の静脈還流量の変化:【原理】静脈還流量は,運動強度に依存して変化する。【理論】腹部大静脈に還流血が貯留され,心臓への還流量が制御されている。【解説】水中運動時(最大運動の4割程の運動強度)の腹部大静脈横断面積は,運動開始から減少する。同程度の陸上での同じ動作の運動より有意に多くの静脈還流量を得ることができる。⑥ 浸水時の浮力と生体の変化:【原理】水位の増大とともに負荷体重が減少する。【理論】流体の中にある物体は,重力に逆らって上方に押し上げられる。【解説】アルキメデスの原理を用いた負荷体重減少の推測式(y=98.1−0.121x−0.012x2;y=%体重,x=%身長(身長に対する水位の深さの割合)を作成した。水位を身長の相対値として代入すれば負荷体重を体重の相対値として求めることができる。⑦ まとめ:浸水は,極めて有益な模擬無重力環境になりえる。1つ1つの水の物性が,1つ1つの生理指標と結び付き,宇宙の体力づくりに大きなアドバンテージを提供するものと考える。