宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 76, 2013

一般演題

24. 良きサマリア人の原則について その4

吉田 泰行1,中田 瑛浩2,田辺 哲也3,井出 里香4,山川 博毅5

1威風会栗山中央病院 耳鼻咽喉科·健康管理課
2威風会栗山中央病院 泌尿器科
3島田台病院 耳鼻咽喉科
4東京都立大塚病院 耳鼻咽喉科
5平塚市民病院 耳鼻咽喉科

A consideration on the so-called “good Samaritan Law”,-4

Yasuyuki Yoshida1, Teruhiro Nakada2, Tetsuya Tanabe3, Rika Ide4, Hiroki Yamakawa5

1Department of ENT and Health Promotion, Kuriyama Central Hospital
2Department of Urology, Kuriyama Central Hospital
3Department of ENT, Shimadadai Hospital
4Department of ENT, Metropolitan Hopital of Ohtsuka
5Department of ENT, Municipal Hospital of Hiratsuka

【緒言】 良きサマリア人の原則は西欧キリスト教諸国に於いて発祥したものであり,非キリスト教諸国にても列車や航空機内の緊急事態にて発動される人道に則った原則である。即ち艱難辛苦の中に有る人を助けたいとの文化や宗教·伝統を越えた万国共通の心情に基づくものである。従ってその結果は問わないとの原則は医療にも当てはまるものである。しかし医療を巡る法制度との整合性や今日の人権意識の高まりの中で本家キリスト教諸国に於いても救急医療を含めた医学の高度の進歩に鑑み人道的原則とは成り得ない点も有ると聞いている。この点につき,昨年の本学会を始として幾つかの学会·研究会にて,生起した救急事態に対処する場合の原則について議論を醸し出すべく問題を提起してきたのでその結果を含め再び本学会に報告し,学会諸兄の御批判を仰ぎたい。
 【今迄の発表】 ① 良きサマリア人の原則 その1:第58回日本宇宙航空環境医学会にて本原則の一般論について論じた。② 良きサマリア人の原則 その2:第16回千葉県救急医療研究会にて救急医療に於ける本原則の問題点について,一般人に於ける事務管理の原則及び医療人の応召の義務と相当医療水準について論じた。③ 良きサマリア人の原則 その3:第33回日本登山医学会にて航空機·新幹線等の他にも,登山等の文明から隔絶した場所での急病の発症時の対応について論じた。
 【原則の出典と原則事態の問題点】 出典は新約聖書のルカ伝,10章27〜39節である。原則自体の問題点は善意に基づいて行えば結果は問わなくて良いのかと言う事及び無償と責任との関係に問題が有ると考えられる。
 【世界に於ける実情】 世界に於ける実情を探ると,① ひとつはローマ法の伝統を受け継ぐ欧州大陸での事務管理の考え方(事務管理とは頼まれもしないのに他人の事を取り扱うことを言い,これを法律で規定するのでサマリア人の原則を持ち出すまでもない)と,② もうひとつはアングロサクソン系の北米大陸での(英国を含む)コモン·ローの考え方(判例毎に結果がばらつくのでむしろ法律でサマリア人の原則をきちんと規定する)とのが有る。
 【法律上の問題点】 我が国では明治維新の文明開化の際,大陸法を取り入れたので事務管理の考え方で規定しているが,これは善意の行為を是認するものであり,免責の根拠にはならない。又緊急避難の考え方も有るが,これも生命財産に差し迫った危険に対処する場合には違法行為も免責されるという意味であり,最初から違法でない善意の行為の免責には適用できない。従って法律的整合性を追求するなら別の立法が必要と考えられ,国会では超党派で新たな法律を作る動きが有るとの言説も有る。
 【結語】 良きサマリア人の原則について前回に引き続き,複雑化した現代社会に於ける社会学的,宗教·文化的,法的側面等から検討した。