宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 75, 2013

一般演題

23. 宇宙ミッション用ミニ吸入麻酔器の開発(石北式嗅ぎ注射器)

石北 直之1,2,枡 一毅3

1青森県立はまなす医療療育センター 小児科
2ストーニー
3岩手医科大学 解剖学講座 細胞生物学分野

A miniature anesthetic vaporizer for aerospace mission (STONY'S Vapo-Ject)

Naoyuki Ishikita1,2, Kazuki Masu3

1Hamanasu Clinical Center for Child Health and Development, Pediatrics
2Stony
3Department of Anatomy (Cell Biology), Iwate Medical University

【背景】 手術等の痛みを伴う処置を行う際,麻酔は不可欠であるが,薬剤投与方法は下記のように様々ある。
 · 注射─利点:速やかに効く。欠点:穿刺の苦痛を伴う,血液·体液の交差感染リスクがある,注射器に詰める際の薬剤取り違えや手間がかかる,過剰投与しても薬を取り出すことができない(経静脈投与尿中排泄)。
 · 内服,経粘膜投与(点鼻·注腸等)─利点:簡便に使用可能。欠点:速やかに効かず緊急時に不向き。
 · 吸入(イソフルラン,セボフルラン,デスフルランなど)─利点:不燃性で毒性が少ない,患者の負担が少ない,血液·体液の交差感染リスクが少ない,換気するだけで薬を取り出せる(経肺投与経肺排泄),重度の喘息,痙攣発作,うつ病に強力な治療効果もある。欠点:排出ガスの問題,装置が大きく重い,電源·ガス配管が必要,複雑な機械操作,巨額の設置コスト。
 地球に容易に帰還出来ない宇宙探査ミッション中のトラブルを想定すれば,無重力環境下でも呼吸循環動態のコントロールが容易な全身麻酔法の開発が急務である。上述の通り,最も理想的な麻酔薬の投与方法は吸入麻酔法であるが,宇宙ミッションで用いるためには,吸入麻酔システムの主要機能の ① 麻酔薬気化装置,② 手動·自動人工呼吸器,③ 麻酔ガス回収機構はそのまま,システムを超小型軽量化する必要があった。
 【方法】 一般臨床現場で用いられているバッグバルブマスクのバッグ内に注射器等で吸入麻酔薬を噴射すると,麻酔ガスを瞬時に作り出せることを見出し,酸素と麻酔薬を同時に投与するための麻酔アタッチメントを考案した。その後,株式会社ニュートン(岩手県八幡平市),御器谷科学技術財団(東京都大田区),岩手県などの協力で,空気圧駆動の人工呼吸器(新しいAPL弁)を含む重さ約150 gのプラスチック製麻酔アタッチメントの試作機を完成させた。麻酔ガス濃度計測は,Windows PCにUSB接続されたVEOマルチガスモニター(Phasein, Sweden)を用い,100 msec毎の解析結果を表示させた。
 【結果】 麻酔アタッチメントに接続した10 ml注射器からイソフルランを5 mlバッグ内に投与すると,呼吸回路内の吸入麻酔ガス濃度は瞬時に上昇し,15秒以内に呼気麻酔ガス濃度は1%に達した(入眠)。その状態は2分間持続し,麻酔ガスは15分かけて体外へ全排出し(覚醒),カーボンフィルターで99.9%除去された。麻酔深度は,呼気麻酔ガス濃度が一定値以下になった時,1-2 mlを追加することで,容易に維持することが出来た。新しいAPL弁は,気道内圧を無段階調節でき,空気を動力源として自動吸排気を繰り返す事が出来た。
 本吸入麻酔システムを用いて,これまでに人の鎮静,喘息治療,歯肉縁下歯石除去,犬の歯肉縁下歯石除去および抜歯,ラットの筋弛緩薬投与下電気痙攣実験を行い,いずれも良好な麻酔効果を得ることが出来た。
 【結論】 宇宙ステーションにはすでにバッグバルブマスクと付属呼吸回路が搭載されているので,今回試作した麻酔アタッチメントを付け加えるだけで吸入麻酔システムが利用可能となる。本法は,宇宙船のような閉鎖空間でも理想的な麻酔ができるようになるだけでなく,吸入麻酔システム導入が困難な医科·歯科·獣医科の一般臨床現場や,MRI·CT検査時の鎮静,野外,緊急災害時,救急車内,ドクターカー,ドクターヘリなどでの応用も期待出来るだろう。早期実用化に向け,これからも仲間と共に研究を重ねて行きたい。