宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 74, 2013

一般演題

22. 宇宙飛行士における覚醒度モニター法の必要性と研究の現状

阿部 高志1,水野 康1,三島 和夫2,井上 雄一3,太田 敏子1,須藤 正道1,緒方 克彦4,大島 博1,向井 千秋1

1宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室
2国立精神·神経医療研究センター 精神生理研究部
3東京医科大学 睡眠学講座
4宇宙航空研究開発機構 有人宇宙ミッション本部

Vigilance monitoring system for astronauts:the need and current advances

Takashi Abe1, Koh Mizuno1, Kazuo Mishima2, Yuichi Inoue3, Toshiko Ohta1, Masamichi Sudoh1, Katsuhiko Ogata4, Hiroshi Ohshima1, Chiaki Mukai1

1Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency
2Department of Psychophysiology, National Center of Neurology and Psychiatry
3Department of Somnology, Tokyo Medical University
4Human Spaceflight Mission Directorate, Japan Aerospace Exploration Agency

【必要性】 長期宇宙ミッションでは睡眠量の減少と質の低下が報告されており,これらに起因するパフォーマンス低下や心身不調·気分障害が発生する可能性がある。また,宇宙飛行士のパフォーマンスを予測する上で,その精神心理状態(ストレス,不安,緊張,動揺,抑うつなど)を把握することは重要なポイントである。宇宙飛行士の精神心理状態の問題が発生した時に,最も明瞭·的確に生じる変化が「睡眠」の質と量であり,睡眠は精神心理状態の観察·評価の重要な指標である。
 長期宇宙ミッションにおける睡眠·覚醒評価法として,主観指標,アクチグラフ,パフォーマンステストが運用で使われているが,それぞれ問題点を有している。主観的眠気は客観的眠気と乖離しやすく,過小評価されやすい(Van Dongen et al., 2003)。アクチグラフは体動センサーによる計測法であるので,休息期か活動期かしか判断できない。またパフォーマンステスト(例:WinSCAT;Kane et al., 2005)はクルータイムを必要とするため,テストを繰り返し実施できない。
 ヴィジランス(特定の事象に対して注意を払い続けている状態)測定は高精度かつ睡眠を妨げることなく,パフォーマンス低下の発生を予測できるという利点がある。そこで,宇宙飛行士のクルータイムをほとんど必要としないヴィジランス測定法を開発し,覚醒の問題を客観的に把握する方法を確立することが必要である。
 【現状】 脳波,眼球関連情報(眼球運動,瞬目,瞳孔径等),心拍変動などの生体情報を用いて,ヴィジランスをリアルタイムに計測する方法が検討されている。その中でPERCLOS(Percent of Eyelid Closure)はヴィジランス低下との一致度が高く,最も精度が高い指標として知られている(Dinges et al., 1998;Abe et al., 2011)。Dinges et al. (1998)は全断眠中に精神運動ヴィジランス課題を2時間に1回実施し,同時にPERCLOSや脳波,頭部の動き,瞬目等の指標を計測した。これらの生体情報とヴィジランスとの相互相関を求め,PERCLOSが全断眠中のヴィジランスと最も高い相関を示すことを明らかにした。また,Abe et al.(2011)は行動版覚醒維持検査実施中の眼球関連情報を部分断眠前後に計測し,ヴィジランス低下を検出する精度を複数の眼球関連指標間で比較した。その結果,緩徐眼球運動や各種瞬目指標,瞳孔径よりもPERCLOSの方が,精度が高いことを示した。
 【今後の展望】 運転手の眠気計測については既に実用化されている製品もあるが,宇宙飛行士のヴィジランス測定を簡便かつ高精度に測定できる指標と装置はまだ存在しない。このような測定法が確立されると,宇宙飛行士の睡眠障害(睡眠時間短縮を含む)の早期発見による迅速な対処(精神心理支援·睡眠対処策)開始が可能になるので,宇宙飛行士のパフォーマンスが向上し,心身の健康が維持される。