宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 72, 2013

一般演題

20. 宇宙旅行時代を見すえた航空機内救急に関する検討〜ドクターヘリにおける経験をもとに

水野 光規

伊勢赤十字病院 救命救急センター

In-flight medical emergency for space trip age, a report based on experiences in helicopter EMS

Mitsunori Mizuno

Ise Red Cross Hospital, Emergency Medical Center

【はじめに】 一般人の宇宙旅行が現在よりも容易に可能となれば,様々な既往や未発見の疾病をもった,多様な年齢層が搭乗するようになる。すると現在の(商用)民間航空機内救急の要素に加え,重力の影響,地上医療機関への到達しづらさなどの要素が加わると予測される。航空機内救急に関しては諸報告があるが,救急診療·救命処置に関してどの程度まで可能か,またその困難さに関しては報告に乏しい。本報告ではドクターヘリ機内における救急診療·救命処置に関し実施経験や経験に基づく予測,またシミュレーション実験結果を報告し,航空機内救急,更に一般人の宇宙旅行時代を見すえた機内救急を考える一助になればと思う。
 【方法1】 2009年9月〜2013年9月(演者出動243回)に演者が経験したドクターヘリ機内処置に関して報告する。稀な処置,通常機内では実施しない処置は演者が所属した2基地における他の担当医の事例等をもとに報告する。
 【結果と考察1】 ほぼ常時実施するのは,モニタリングや非/低侵襲処置(酸素投与,輸液の継続等)で,容易に実施可能である。時々実施するのは,やや手間のかかるモニタリング(12誘導心電図等)や,非/低侵襲処置(薬剤投与,人工呼吸,口腔/気管内吸引,吐物処理等)で,比較的容易に実施可能である。必要時,稀に実施するのは侵襲処置(末梢静脈路確保,胸骨圧迫等)であった。頻度が稀な理由は,機内では空間的問題(狭さ)や,離陸前に実施するなど安定化を図っていることが多いためである。そしてヘリ機内で通常実施しない処置等についても,すぐには帰還できない宇宙空間では実施の必要性がありうる。特に気管挿管については通常機内で実施はしないもののドクターヘリ対応事例での実施頻度が高く,さらなる検討が必要と思われた。
 【方法2】 気管挿管について,2つの環境にてシミュレーション試験を実施。(a)ドクターヘリ機内(EC135P2e,離着陸時),(b)地上天地反転(−1G)環境下。被験者は(a)は演者(救急科専門医かつ麻酔科専門医),(b)は演者と初期研修医6名,後期研修医1名とした。人形はAIRSIMを用い,喉頭鏡はMacintosh喉頭鏡とビデオ喉頭鏡(Airway Scope)を用いた。
 【結果と考察2】 ドクターヘリ離着陸時(a)はMacintosh喉頭鏡を使用しても実施可能であったが,ビデオ喉頭鏡の方が容易であった。機体の振動,離着陸程度の揺れは気管挿管にほぼ影響せず,空間要因(狭さ)だけが困難さの原因と考えられた。地上天地反転環境(b)では,どちらの喉頭鏡も困難であり,演者は不成功(45秒で中止)であった。しかし初期研修医,後期研修医各1名がやや時間を要したが (20.9秒,17.1秒),Macintosh喉頭鏡で成功した。演者はビデオ喉頭鏡でも不成功であったが,両名はビデオ喉頭鏡でも成功し,偶然の事象ではないと考えられた。演者は1G環境下の手技写真を反転させ,その体位を保持して実施したら成功した。本事象は1G環境下の慣れに対する空間識失調が関与している可能性が示唆された。宇宙空間における気管挿管おいては,固定の問題(患者固定[不安定性の対応],処置者固定[反作用への対応],物品固定),体液飛散物管理の問題,そして空間識失調の問題が解決すべき課題と考えられる。
 【まとめと結語】 ドクターヘリ機内における救命処置を報告し,本報告は(商用)航空機内での救命処置や備品検討に応用しうる。宇宙空間想定での救命処置を考察し,課題の想起,可能な処置の推定(必要物品)が示唆された。また無重力(微小重力)環境での救命処置における課題が示唆された。