宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 70, 2013

一般演題

18. 動揺病発症に伴う生体生理反応の因子分析

井須 尚紀,加藤 幸洋

三重大学大学院 工学研究科

Factor analysis of biological signals accompanying the onset of motion sickness

Naoki Isu, Yukihiro Kato

Faculty of Engineering, Mie University

本人が不快を感じる前に動揺病の発症を予測·検出することを目的として,動揺病発症時の生体生理信号を解析した。多種の生体信号を因子分析して動揺病不快感に対応する共通因子を抽出し,線形回帰モデルにより動揺病不快感の強度を推定した。
 20歳前後の健康男女39名(男性30名,女性9名)を被験者に用いて61試行の実験を実施した。軽度の動揺病を発症させるために,3Dドライビング·シミュレータを30分間運転させてシミュレータ酔を誘起した。刺激開始10分前から刺激終了まで約40分間,以下の生体生理信号を計測した。心電図を1 kHzでサンプルし,心拍周期,心拍周期変動,交感神経活動,副交感神経活動を計測した。呼気二酸化炭素分圧を1 kHzでサンプルし,呼気終末二酸化炭素(ETCO2)分圧,呼吸周期,呼吸周期変動を計測した。鼓膜温,手掌表面温を0.5 Hzでサンプルして計測した。唾液を5分毎に採取し,唾液のpH,アミラーゼ活性,Na+濃度,K+濃度,NO3-濃度,クロモグラニンA(CgA)濃度と免疫グロブリンA(s-IgA)濃度を計測した。マグニチュード評価法を用い,刺激開始10分前,5分前,刺激開始時,および刺激中2分間隔で,被験者に不快感スコア(0〜100)を回答させた。また,実験開始前および終了後にシミュレータ酔調査票(SSQ)に記入させた。
 呼吸周期の延長と呼吸周期変動の増大,および鼓膜温の低下が観察され,動揺病強度と有意な相関を示した。ETCO2分圧は低下し,強い不快感が発生した時には顕著な低下が見られた。唾液のCgA濃度(蛋白補正値)は不快感の弱い試行で上昇し,不快感の強い試行で低下した。一方,唾液採取が影響したと考えられる5分周期の変動が,心拍周期,心拍周期変動,心臓自律神経活動,呼吸周期変動で観察された。唾液採取のための動作·行動が交感神経の興奮と副交感神経の抑制を誘起したと思われる。動揺病と相関する反応であっても動揺病のみに依存するとは言えず,動揺病とは必ずしも連動しない精神的作用の影響も受けた反応が観察されると考えなければならない。そこで,動揺病に対応した成分を抽出するために,生体生理反応の因子分析を行った。
 上記の測定から求めた16種類の生体生理信号について,刺激前10分間の平均値を基準として刺激中の変化の大きさを求め,時刻毎に全試行で平均した。各生体生理信号の1分毎の平均を求め,時刻ごとのデータをケース(40ケース)として因子分析を行った。負荷量計算には最尤法を用い,共通因子をBi-Quartimin法によって斜交回転したところ,3つの共通因子が得られた。第1因子は不快感の変化とよく対応する推移を示し,刺激開始後に直線的に上昇した。不快感スコアとの間に強い相関(r=0.87)が得られ,不快感強度を表す因子であると考えられる。第2因子は5分毎の唾液採取に呼応して周期的に変動し,緊張·ストレスを表すものと思われた。第3因子は刺激開始時に一過性に上昇した後,徐々に低下した。興奮·覚醒水準を表す因子であると考えられる。第1因子による動揺病不快感の線形回帰モデルを構成した。上記の因子分析で得た因子得点係数を用いて試行毎に共通因子得点の時間推移を求め,線形回帰モデルを適用して不快感強度の推移を推定した。被験者の主観的評価である不快感スコアの時間推移と比較し,本手法の有効性を検討した。