宇宙航空環境医学 Vol. 50, No. 4, 60, 2013

一般演題

8. 気圧変化を感受する機構には内耳前庭が関与する

佐藤 純

名古屋大学動物実験支援センター
名古屋大学環境医学研究所

Inner ear vestibule is involved in the barometric-pressure sensing mechanism

Jun Sato

Center for Animal Research & Education, Nagoya University
Research Institute of Environmental Medicine, Nagoya University

気温,湿度などの環境要素の変化が生体機能に及ぼす影響についての研究はこれまでも多く行われており,生理/病態メカニズムについて詳細な解析が行われてきた。しかしながら,気象変化や航空機の移動に伴うような日常体験する程度の大気圧の変化が生体に及ぼす影響についての知見は少ない。我々は,気象変化(特に天気の崩れ)によって慢性痛を始めとするさまざまな疾患が増悪するメカニズムを明らかにする研究過程で,大気圧の変化を感じとる「気圧感受機構」には内耳が重要な役割を担っていることを動物実験で明らかにしてきた。そこで今回,低気圧曝露による前庭神経核ニューロンの興奮活動を神経細胞活動マーカー(c-fos蛋白)の変化で確認し,気圧感受機構が内耳前庭に存在するかどうかをマウスで確かめた。また,気圧感受機構の構成要素として機械受容チャネル(TRP:transient receptor potential)のひとつであるTRPV4を候補とし,そのノックアウト(KO)マウスを人工的な低気圧環境に曝露し,低気圧時にみられる心拍増加反応を野生型マウスと比較して,このチャネルがメカニズムに関与しているかを調べた。
 名古屋大学環境医学研究所が所有する環境ストレスシミュレータ内で1,003 hPaに安定させた気圧から10分間で−27 hPaを減圧する低気圧環境に曝露すると,野生型マウスの前庭神経核領域におけるc-Fos発現細胞の数が増加した。この変化は,マウスに回転刺激(1回転/1秒間,60分間)を与えたときにみられる興奮細胞数よりも少なかったが,何ら刺激を与えていない対照群ではほとんど興奮細胞がみられないことから,有意な変化であると考えられた。一方,KOマウスでは低気圧曝露を行っても,興奮細胞は検出できなかった。また,あらかじめ心電図送信器を腹腔内に留置した野生型とKOマウスを1,003 hPaから10分間で−27 hPa減圧する低気圧環境に曝露すると,野生型では観察された心拍数の増加反応がKOマウスではみられなかった。
 以上より,内耳前庭に局在するTPPV4チャネルが気圧感受機構に重要な役割を担っている可能性が高いと考えられる。