宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 114, 2012

東北宇宙生命科学研究会シンポジウム

経口摂取による内部被ばく線量評価のための人体内水素代謝モデル作成に向けて

増田 毅,多胡 靖宏

環境科学技術研究所 環境影響研究部

Hydrogen metabolic model for internal dose estimation after ingestion

Tsuyoshi Masuda, Yasuhiro Tako

Department of Radioecology, Institute for Environmental Sciences

環境中には放射性物質が存在しており,人体は,放射性物質が含まれる食物や飲料を経口摂取することにより常に内部被ばくを受けている。環境中の放射性物質の大部分は天然由来のものであるが,一部には原子力関連施設等から排出されたものも含まれる。青森県六ヶ所村には大型核燃料再処理施設が建設され,試験操業を経て本格操業へ向かっており,操業に伴って様々な放射性核種が環境中に排出されている。再処理施設の建設にあたっては国による安全審査が行われ,施設から排出される放射性物質による周辺住民の被ばく線量は十分に低いことが確認されている。
 放射性物質を摂取した場合の人体への生物学的影響を表す尺度として預託実効線量(Sv)が用いられ,炭素14とトリチウムが安全評価上の預託実効線量の大きな放射性核種であった。預託実効線量(Sv)は,放射性核種の摂取量(Bq)に国際放射線防護委員会(ICRP)による放射性核種の線量換算係数(Sv Bq-1)をかけて求められたものである。これらの係数は,経口摂取したそれぞれの核種について,体内分布及び排出速度の代謝データ並びに放出する放射線の種類等から安全裕度を考慮してICRPが放射線防護用に決めたものであり,国際的に広く用いられている。しかし,係数を求めるにあたって用いた代謝排出速度に関する人体のデータはごく限られたものであり,不確かさが残っている。データが限られるのは,人体に大量の放射性物質を投与する実験の実施は困難であり,限られた実験や事故時のデータしか得られていないためである。先般の状況から,国内では食品中の放射能やそれによる内部被ばく線量に関心が高まっており,ICRPの線量換算係数の妥当性を確認するとともに精度を高めていくことは極めて重要である。
 我々は,ICRPの定める線量換算係数の妥当性確認と精度向上を目的として,炭素14及びトリチウムの代謝に関するデータとモデルに関する研究を行ってきた。実験には放射性物質である炭素14やトリチウムは用いず,それらの安定同位体である炭素13及び重水素を様々な化学形態(糖,脂質等)で被験者に経口投与し,尿や呼気への排出等を測定している。本発表では,トリチウムの代謝モデル作成の状況について報告し,これまでに得られたデータを示す。