宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 112, 2012

ワークショップ

「宇宙医学研究における新展開」

3. 後肢懸垂ラットにおける頭部への体液シフトの眼球に対する影響

森本 壮1,河野 倫史2,大平 宇志2,西田 幸二1,大平 充宣2

1大阪大学大学院 医学系研究科 眼科
2大阪大学大学院 医学系研究科 適応生理学

Effect of hindlimb unloading on eyes in adult rats

Takeshi Morimoto1, Fuminori Kawano2, Takashi Ohira2, Kohji Nishida1, Nobuyoshi Ohira2

1Department of Ophthalmology, Osaka university graduate school of medicine
2Applied physiology, Osaka university graduate school of medicine

【目的】 微小重力環境の眼球に対する影響については,これまで十分に研究されておらず,また,宇宙飛行士に重篤な視機能障害が生じるなどの報告はなかった。これに対し,最近,6ヶ月間国際宇宙ステーションに滞在した後,地球に帰還したアメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士7名について眼科的な検査を行ったところ,視神経乳頭の腫脹や脈絡膜の皺襞,遠視化がみられ,地上に帰還して1年以上経過しても改善しなかったということが報告された(Mader et al, Ophthalmology 2011)。しかしながら,このような眼球の異常の発症のメカニズムや病態は明らかになっていない。今回,後肢懸垂ラットを用いて,微小重力環境での眼球に対する影響について検討した。
 【方法】 老化ラット6匹を使用し,7日間両側の後肢を懸垂したラット4匹と通常飼育のラット2匹に分けた。懸垂7日後に両眼の眼底検査を行い,視神経乳頭の腫脹やその他の網膜の異常などについて検討した。眼底検査の後,眼球を摘出し,4%パラホルムアルデヒド+2.5%グルタールアルデヒドの混合液で固定した後,パラフィン包埋し,その後,網膜薄切切片を作製し,ヘマトキシリンエオジン(HE)染色を行い,組織学的に検討した。
 【結果】 眼底検査では,両群ともに視神経乳頭の腫脹やその他の眼底の異常所見はみられなかった。組織学的検査では,懸垂ラットでは,視神経周囲のクモ膜下腔が拡大し(6眼/6眼),コントロール眼ではクモ膜下腔の拡大は見られなかった(2眼/2眼)。一方,両群とも宇宙飛行士にみられたような視神経乳頭の腫脹や網膜,脈絡膜の異常は認めなかった。
 【考察】 今回の結果,視神経乳頭周囲のクモ膜下腔が拡大していることがわかった。これはうっ血乳頭の発症の際にみられる現象と同じであり,うっ血乳頭が生じる前段階であると考えられた。このことから,宇宙飛行士にみられた視神経乳頭の腫脹は頭部への体液シフトが原因であるうっ血乳頭である可能性が高いと考えられた。ただし,1週間の後肢懸垂では,視神経乳頭の腫脹や,脈絡膜の皺襞などの器質的な損傷は光学顕微鏡による組織学的な検討では見られなかった。