宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 111, 2012

ワークショップ

「宇宙医学研究における新展開」

2. 後肢懸垂とその後の回復期のラットヒラメ筋線維における造血器型プロスタグランジンD合成酵素の発現とPGD2産生に及ぼす影響

有竹 浩介1,鈴木 比佐子1,河野 史倫2,裏出 良博1,大平 充宣2

1公益財団法人大阪バイオサイエンス研究所 分子行動生物学部門
2大阪大学大学院 医学系研究科 適応生理学

Effects of unloading and reloading on hematopoietic prostaglandin D synthase gene regulation and prostaglandin D2 production in rat soleus muscle

Kosuke Aritake1, Hisako Suzuki1, Fuminori Kawano2, Yoshihiro Urade1, Yoshinobu Ohira2

1Department of Molecular Behavioral Biology, Osaka Bioscience Institute
2Department of Health and Sports Sciences, Graduate School of Medicine, Osaka University

プロスタグランジン(prostaglandin:PG)D2は,末梢組織ではアレルギーや炎症反応のメディエーターとして作用する。一方,中枢神経系の主要なPGとしても産生され,睡眠物質としても作用する生理活性脂質である。PGD2合成酵素には,肥満細胞やTh2リンパ球に発現する造血器型PGD合成酵素(H-PGDS)と中枢神経系や心臓に局在するリポカリン型PGD合成酵素(L-PGDS)の2種類が存在する。
 我々は,PGD合成酵素の解析を行い,デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)患者,そのモデル動物であるmdxマウスや筋ジストロフィー犬の壊死筋やその周辺に浸潤したマクロファージにもH-PGDSの発現が誘導されることを見出した。また,H-PGDS阻害薬の投与はDMDモデル動物の病態進行を有意に抑制することも証明した。このことは,傷害筋周囲でH-PGDSの触媒作用で産生されたPGD2が筋壊死の進行を増長していること示すものであり,筋変性や萎縮にもH-PGDSが産生するPGD2が関与することが考えられる。
 そこで,後肢懸垂による筋委縮とその後の回復期における骨格筋でのH-PGDSの発現とPGD2産生の変動,およびH-PGDS阻害薬の効果について調べた。
 ラット(Wistar Hannover系,雄性,7週齢)を5日間後肢懸垂して廃用性筋萎縮を惹起し,その後,懸垂を解除して5日間通常飼育を行った。実験前,5-7日および10日目にヒラメ筋,腓腹筋,足底筋,前脛骨筋のサンプリングを行い,組織重量,H-PGDSの発現を比較した。また,尿中に排泄されるPGD2代謝物(tetranor-PGDM)を指標に懸垂前後でのPGD2産生を調べた。
 5日間の後肢懸垂によって,いずれの筋組織も実験前に比べて減少し,特にヒラメ筋組織重量の減少が有意であった。10日目には実験前と同程度まで回復した。
 実験前に比べて,5日間の懸垂によってH-PGDSの発現はほとんど変化しなかった。一方,懸垂解除の翌日から10日目までいずれの筋組織でもH-PGDSのmRNAの発現が亢進し,特にヒラメ筋では顕著であった (最大1.9倍 vs. 実験前)。H-PGDSの発現に呼応するように尿中PGD2代謝物の変動が認められた。すなわち,実験前と懸垂中は,尿中PGD2代謝物量はほとんど変化しなかったが,解除の翌日から尿中PGD2代謝物が増加し,その後10日目まで有意に増加した。
 H-PGDS阻害薬を懸垂解除の直前に投与すると,尿中PGD2代謝物の産生増強を抑制され,解除翌日から観察される後肢の浮腫(筋湿重量の増加)が抑制されることが判明した。
 以上の結果は,筋萎縮からの回復,或いは懸垂解除後の過負荷によって惹起される筋傷害によって筋組織でH-PGDSの発現が誘導され,筋組織で産生されたPGD2が,回復の遅延或いは筋傷害の進展に関与することを示唆し,H-PGDS阻害薬は萎縮筋の回復促進や浮腫の抑制に有効であると考えられた。