宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 110, 2012

ワークショップ

「宇宙医学研究における新展開」

1. 重力刺激による中枢神経系への免疫細胞侵入口の形成

村上 正晃1,河野 史倫2,大平 充宣2

1大阪大学大学院 生命機能研究科
2大阪大学大学院 医学系研究科

Anti-gravity response creates a gateway for immune cells in the central nervous system

Masaaki Murakami1, Fuminori Kawano2, Yoshinobu Ohira2

1Laboratory of Developmental Immunology, JST-CREST, Graduate School of Frontier Biosciences, Graduate School of Medicine, and WPI Immunology Frontier Research Center, Osaka University
2Department of Health and Sports Sciences, Graduate School of Medicine, and Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

中枢神経系の自己抗原ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク(MOG)をC57BL/6(B6)マウスに免疫すると多発性硬化症に良く似た病態を活性化ヘルパーT細胞依存性に発症する。病気を発症したマウスから自己反応性ヘルパーT細胞を単離して,試験管内にて再刺激後に,正常B6マウスの静脈内に移入すると同様の病態が形成された。本実験結果は,教科書の知識からすると非常に不思議な現象である。それは,血液脳関門が存在するからである。血液脳関門は,血管内皮細胞がタイトジャンクションで結合して,血管の外ばりもペリサイト,アストロサイト,マクロファージにて形成されて血液細胞が中枢神経系に直接入ることが無いような機構である。さらに,中枢神経系にも,一般臓器と同様に病原微生物の感染や腫瘍も生じ,免疫細胞がそれらを監視していることが示唆されていた。このような経緯から,今回,我々は,血液脳関門の中の血液細胞の侵入口を見いだすことを決意した。その結果,血液脳関門に重力刺激にて中枢神経系への免疫細胞侵入口が形成されることを見いだした(Arima et al., Cell, 2012)。具体的には抗重力筋であるヒラメ筋への重力の刺激が,定常状態から感覚神経を活性化させ,この感覚神経の活性化が,近傍の交感神経活性化を誘導する。この時,交感神経末端より産生されるノルエピネフリンが第5腰椎の背側の血管に働き,血管内皮細胞のIL-6アンプ依存的にケモカインが誘導される。IL-6アンプは当研究室が独自に発見した非免疫系細胞に存在する局所的なケモカイン大量発現機構であり,血管内皮細胞などでSTAT3とNF-kBが同時に協調的な活性化を引き起こすことにより,種々のケモカインが大量に誘導される(Lee et al., J. Immunol., 2012;Murakami and Hirano, Front. Immunolo., 2011;Murakami et al., J. Exp. Med., 2011;Ogura et al., Immunity, 2008)。これら局所的な神経の活性化による血管内皮細胞でのIL-6アンプの活性化が第5腰椎の背側の血管でCCL20をはじめとする様々なケモカインを過剰に発現させる。これを契機に免疫系,血液系の細胞がその部位に引き寄せられて中枢神経系への侵入口が形成される。CCL20の受容体を発現する病因性T細胞が血液中に存在する場合にはこの経路を利用し,中枢神経系に浸潤し炎症を引き起こす。この侵入口は定常状態でも形成されており,生理的な役割は,前述したように,免疫監視のための免疫細胞が侵入する場所の可能性,さらに,中枢神経系の恒常性維持のためにマイクログリアなどの前駆細胞が侵入する部位である可能性が考えられた。本研究成果は,免疫系と神経活性化,精神活動の相互作用をも含む,新たな免疫神経/精神融合の学問分野を日本から世界に向けて提案し,その分子制御の解明を介して多くの病気,病態の新規治療法,治療薬の開発に大きく寄与するものである。(学会員以外の共同研究者:有馬康伸,原田雅也,上村大輔,朴 辰幸,平野俊夫,川本忠文,岩倉洋一郎,F. E. ユール,T. ブラックウェル,U.A.K. ベッツ,G. マルケス)