宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 108, 2012

宇宙航空医学認定医セミナー

「航空身体検査基準の国際比較─日米を中心に─」

5. 航空患者搬送基準とその考え方

藤田 真敬1,立花 正一1,田村 信介2,緒方 克彦3

1防衛医科大学校 防衛医学研究センター 異常環境衛生研究部門
2防衛省 航空幕僚監部 首席衛生官室
3防衛医科大学校

Policy and standard for aeromedical evacuation

Masanori Fujita1, Shoichi Tachibana1, Shinsuke Tamura2, Katsuhiko Ogata3

1Division of Environmental Medicine, National Defense Medical College Research Institute
2Office of Surgeon General, Air Staff Office, Ministry of Defense
3National Defense Medical College

我が国における航空患者搬送は,遠距離の搬送や緊急時などその適応は限られているが,災害時の医療施設の機能障害や停止時には広域搬送の需要は急増する。欧米の先進国においては航空患者搬送の事例は急増の一途をたどり,我が国においても更なるの需要が見込まれる。東日本大震災における重症患者の空輸事例から広域患者空輸制度の重要性は広く再認識された。本セミナーでは,患者空輸制度の日米の相違について比較総括する。
 我が国における患者空輸制度は,航空会社,患者空輸業者,ドクターヘリ,自衛隊,海上保安庁,消防庁が行っているが,基準や制度の細部は各々異なる。
 生命維持装置等を伴わない軽症患者の空輸については現状で大きな問題を生じないであろう。東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の際には,難病患者や重症患者など,人工呼吸器や生体監視装置など生命維持のための医療機器を装着したまま緊急空輸により避難させる必要が生じ改めてその問題点の議論が始まっている。
 患者空輸に関わる医療従事者の間では,航空環境の特性と考慮を要する事象に関する教育と情報普及が益々重要となる。原則的に機内には病院内と同様の電源コンセントが無い。電源の変換アダプターが機種毎に必要になるし,医療機器の搭載時にはバッテリー駆動が推奨されることはこれらを専門領域とする一部の医療従事者しか知らない。
 米国においては,禁忌状態を除き航空患者搬送が積極的に行われる。我が国においては未だ制約の多い基準が存在し,制度上未だ発展途上である。米国においては患者空輸時の患者の機内死亡は指示した医師の責任である。我が国でも同様であるが,このような緊急事態に対応する基準が,運航管理者,操縦担当者や医療従事者の間で十分に周知されていないため,特に重症患者の空輸においては機長の心理的負担と空輸を躊躇する要因になりかねない。
 世界規模の患者空輸を行う米軍は,患者空輸司令部を持ち,歩行患者から担架搬送患者,重症から軽症,成人から小児まで幅広い分類を行い,安全な患者空輸の研究分析を行っている。機内における集中治療薬の希釈法,点滴法はと統一したマニュアルを利用し,本国の病院と共有している。全ての患者空輸事例について患者空輸中のニアミス,危険事象の報告と集計がなされ,制度の改善に貢献している。
 搭載する医療機器と航空機の電子機器との電磁干渉が飛行時の安全域か否かという吟味も必要となるが,我が国には統一指針が存在しないため各組織,各機長が独自に判断せざるを得ない場合があると聞く。現状の制度下では電磁干渉の問題を危惧する限り緊急の事例には対応が難しく,医療機器を伴う患者空輸制度の発展の律速段階となっている。米国においては当初用いられていた軍用機への軍用搭載機器の電磁干渉基準の再検討を行い,患者空輸用医療機器に限定した基準緩和を行い,既に緊急時の患者空輸機材に対するウェーバー制度を確立している。また新たに市販される医療機器についてはメーカーに基準適合性の提示を義務付けていると聞く。
 我が国の患者空輸制度を更に発展させ強固なものにするためには,医療用搭載機器の電磁干渉に関する官民を含めた包括的なの許容指針の作成が課題である。電子機器に関する電磁干渉の原理を熟知した技術者や研究者の助言が必要であり,航空機の操縦者や運行部門におけるこれらの理解と協力が不可欠である。