宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 107, 2012

宇宙航空医学認定医セミナー

「航空身体検査基準の国際比較─日米を中心に─」

4. 加齢乗員の基準と考え方

五味 秀穂

全日本空輸株式会社 フライトオペレーションセンター 乗員健康管理部

Aged pilot system and rules in Japan

Hideho Gomi

Flight Crew Medical Administration, Tokyo Office, All Nippon Airways co., LTD

日本では世界に先駆けて,1991年から第1種において60歳以上の航空機運航乗務員の乗務を許可する「加齢乗員」制度をスタートした。当初は60歳以上63歳までで,有償運航に携わらない操縦士又は航空機関士に限られていた。1996年には上限はやはり63歳までであるが有償運航のパイロットも対象となり,全員一律に加齢付加検査の受検が義務付けられた。検査内容は,@ 問診,A 安静時心電図,B 呼吸機能検査,C 脂質血液検査,D ホルター心電図,E 心エコー,F トレッドミル負荷心電図,G 頭部CTの8項目である。
 2004年からは上限が65歳まで引き上げられ,上記付加検査のうち G 頭部CT検査がMRI検査に変更となった。また更に63歳時にも全員一律に付加検査を受けることとし,上記8項目のうち B と E 以外の6項目を行うことした。世界では20世紀末に第1種で60歳以上の乗員は殆んどいなかったが,次第に規制解除の要望が強まり,2010年にはICAO及びFAAでは上限を無条件(通常の航空身体検査のみ)で65歳まで引き上げた。ただし60歳以上同士の乗員の組み合わせに関しては制限を設けている。
 当社では2002年から60歳以上に乗員の定年を延長する 「シニア制度」をスタートさせた。2012年10月までに345名が付加検査を受検し,60歳時での合格率は93%,63歳時で95%であった。また現在は266名のシニア·パイロット(全乗務員は約2,500名)が乗務している。
 付加検査での不合格理由は,60歳時で @ 頭部MRI(42.3%),A ホルター心電図(28.8%),B トレッドミル負荷心電図(19.2%),C 呼吸機能検査(0.1%)であった。63歳時で @ ホルター心電図及びトレッドミル負荷心電図(各36.4%),A 頭部MRI(27.3%)であった。
 国土交通省による2007年から2011年までの調査の結果(60歳及び63歳,受験者約1,300名)でも合格率は97%で,不合格理由も当社の結果とほぼ同様の結果であった。
 幸い現在までシニア·パイロットの乗務中のインキャパシテーション(操縦不能)は発生していない。60歳以後で65歳前に疾病等によって退職された方は14名で,循環器系7名,脳梗塞4名,悪性疾患1名,眼筋障害1名,事故1名であった。このうち事故の方と悪性疾患以外の方々は,身体的に特に異常は呈していない。
 世界に先駆けてスタートしたシニア制度もそれなりに意義はあったが,今や世界の方が緩和されているという現状となってしまった。2013年3月を目途に現在「航空身体検査基準」の改訂作業が進んでいるが,この加齢乗員付加検査についても見直しが予定されている。当社の結果などを参考に,見直し·簡素化が検討されれば幸いである。