宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 105, 2012

宇宙航空医学認定医セミナー

「航空身体検査基準の国際比較─日米を中心に─」

2. 気分障害と飛行復帰の可能性─空自と米空軍の比較を中心に─

清水 邦夫1,藤田 真敬2,鈴木 豪3,立花 正一2,緒方 克彦4

1防衛医科大学校 防衛医学研究センター 行動科学研究部門
2防衛医科大学校 防衛医学研究センター 異常環境衛生研究部門
3陸上自衛隊 部隊医学実験隊
4防衛医科大学校

Comparison of the Waiver Possibility for Mood Disorders in Pilots between JASDF and USAF

Kunio Shimizu1, Masanori Fujita2, Go Suzuki3, Shoichi Tachibana2, Katsuhiko Ogata4

1Division of Behavioral Sciences, National Defense Medical College Research Institute
2Division of Environmental Medicine, National Defense Medical College Research Institute
3Military Medicine Research Unit, Test and Evaluation Command, Japan Ground Self Defense Force
4National Defense Medical College

昨今のストレス社会を背景に,わが国ではうつ病等の気分障害が急増している。空自の操縦者も例外ではない。防衛省訓令では,うつ病等の気分障害およびその既往歴は,基本的に不合格疾患であり,従来,寛解状態が得られても航空業務に復帰することは認められて来なかった。しかしながら,抗うつ薬等の投薬終了後も長期間の寛解が維持されている操縦者症例を経験することも多い。よって,空自ではうつ病に罹患した操縦者を航空身体検査審査会(Waiver制度)へ上申するための要件について検討することとした。気分障害で復帰可能なものは,再発がないことが最低限の条件である。気分障害の中では双極性障害や反復性うつ病性障害,持続性気分障害等は再発が多いため,Waiver制度でも復帰は認め難く,復帰の可能性があるのは初回のうつ病エピソードに限定される。Waiver制度を利用した復帰までのガイドラインの策定にあたっては,抗うつ薬等の内服継続期間や漸減中止期間,内服終了後の観察期間などが重要である。これらについては,急性期治療と異なり,定見があるわけではないが,先行研究によれば,「抗うつ薬は,1)投与されている限りにおいては患者の重症度に関係なく再燃·再発率を低下させる。2)寛解後に中止した場合の再発率は抗うつ薬の継続療法期間の長さよりも患者固有のリスクに,より左右される。3)うつ病の再燃·再発リスクは寛解後の最初の1年間は高く,その後は下がる。」との結論が示されている。また,米国精神医学会(APA, 2000)では,寛解後の継続療法期の用量について,急性期の抗うつ薬と同量を使用することを推奨しており,さらにPaykelら(2001)は,抗うつ薬の拙速な中止によって再燃·再発が起こる可能性を強調し,少なくとも3ヶ月以上かけて漸減中止すべきとしている。よって,空自ではこれらの知見を踏まえ,「1)寛解後の服薬を少なくとも6ヶ月間は継続。2)経過良好なら,その後4〜6ヶ月間かけて漸減中止を図る。3)順調に完全断薬できた場合は,その後2〜6ヶ月間の経過観察を行う。」との復帰に向けたガイドラインを策定した。これにより完全寛解後,再発再燃リスクが高いとされる1年間は少なくとも経過を観察でき,これはWHOで推奨している方法とも一致する。
 一方,米空軍では空自と同様に,すべての操縦士は気分障害で航空業務停止となり,うつ病の再発や双極性障害は欠格となる。空自との相違は,うつ病の初回エピソードのみならず,初回の気分変調性障害も適切に治療されて投薬終了後6ヶ月間以上寛解が維持されれば,Waiverで復帰できる点である。また,米空軍ではうつ病の既往歴を有する航空学生の選抜時,完治しており少なくとも2年間は投薬や精神療法を受けていないときはWaiverを考慮することができ,さらにFC IIIに属する特定の要件を満たす操縦士についても,定められた種類と量の抗うつ薬を6ヶ月間以上安定して服用している時はWaiverを経て復帰することが認められている。これに対し,空自では既往歴を有する航空学生は選抜時にすべて不合格となり,また抗うつ薬服用中の操縦士については例外なく復帰を認めていない。
 うつ病に罹患した空自パイロットのWaiver制度を利用した航空業務復帰への流れは,まだ緒に就いたばかりである。ゆえに,今後はデータベースを蓄積し,予後を見定めながらより良い基準に改訂してゆく不断の努力が必要である。