宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 101, 2012

企画シンポジウム II

「外部環境に対する生体適応·不適応」

5. ISS日本実験棟「きぼう」の宇宙放射線研究:人体深部線量評価実験‘マトリョーシカ’

永松 愛子

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙環境利用ミッション本部 宇宙環境利用センター

Space Radiation Research onboard the ISS ‘Kibo’─A human phantom torso equipped with space radiation dosimeters ‘Matroshka_2B Kibo’ experiment to asses a radiation exposure limit of astronauts─

Aiko Nagamatsu

PADLES group, Space Environment Utilization Center, Human Space Systems and Utilization Mission Directorate, Japan Aerospace Exploration Agency

ISSが飛行する高度約300〜500 kmにおいて,宇宙飛行士や搭載生物試料は,宇宙放射線を構成する一次宇宙線(銀河宇宙線,太陽粒子線,捕捉粒子線)とそれらがISS船壁や搭載貨物との相互作用によって発生させる二次宇宙線(陽子,重粒子,中性子)により,搭乗期間中,低線量率(数百μGy/day)で継続的な被ばくの影響を受ける。地磁気圏外への有人活動において,宇宙放射線の人体·生物への影響はさらに大きくなり,有人滞在ミッションの成否を左右する。月の周回軌道や月面の宇宙放射線場は,国際宇宙ステーションやスペースシャトルが飛行する低地球軌道(LEO)の宇宙放射線環境と大きく異なることも予測されている。
 宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 有人宇宙環境利用ミッション本部では,将来への有人月·惑星探査の基盤研究となる「宇宙放射線の被ばく影響」に関する研究·技術開発として,以下3つの研究分野の紹介と,「きぼう」運用開始から継続実施されている被ばく線量計測結果から得られた船内宇宙放射線環境の特徴,ESA/ROSCOSMOS/JAXAの国際協同研究として「きぼう」船内で実施した「マトリョーシカ人体ファントムによる臓器線量評価実験(2010年5月-2011年3月)」におけるプレリミナリーな実験結果について述べた。
 1. 宇宙放射線場の定量的な把握のための宇宙放射線計測:JAXA宇宙環境利用センターが開発した受動積算型線量計測PADLES(パドレス:Passive Dosimeter for Lifescience Experiments in Space)を用いたISS宇宙放射線環境計測。6カ月ごとに線量計を交換·回収し継続的な「きぼう」船内の定点宇宙放射線環境計測(Area PADLES),ライフサイエンス実験に使用される生物試料の被ばく影響評価のための線量計測(Bio PADLES),長期滞在を行う日本人宇宙飛行士の個人被ばく線量計測(Crew PADLES),ISSパートナー機関と実施する国際共同放射線物理計測実験Dosimeteric PADLES(マトリョーシカ人体ファントム実験,マトリョーシカ球体ファントム実験 等)。
 2. 低線量長期被ばく環境下における生物影響研究:宇宙医学の重点課題領域である「宇宙放射線による被ばく」に対する影響研究の一環として,JAXA宇宙医学生物学研究室が実施する地上での基礎生物学研究。宇宙放射線を構成する重荷電粒子,中性子線とRBE評価のためのγ線の低線量率·継続照射により誘導される,「きぼう」船内搭載予定の実験試料 培養細胞,メダカ(表皮と造血器官である腎臓)の生物影響の把握。
 3. 宇宙飛行士の宇宙放射線に対する被ばく管理:JAXA宇宙飛行士健康管理グループによる日本人宇宙飛行士のISS滞在前の被ばく線量予測,NASA/FSAロシア宇宙庁から提供されるリアルタイム被ばく線量計測値の滞在期間中の変動確認,1項から提供される個人被ばく線量計測値に基づいた組織等価線量/実効線量等量の帰還後評価。
 2012年11月現在において,Area PADLES実験では,「きぼう」打上げ(2008年6月)から9シリーズ目の計測実験を実施している。2008年9月から開始された13テーマのライフサイエンス実験 (放射線影響,重力生物,微小重力に対する形態形成,骨代謝,宇宙食,アジア協力における種子搭載を含む)の,Bio PADLESによる線量計測のデータ提供を行った。宇宙飛行士の個人被ばく線量計測Crew PADLESでは,2007年10月からアジア人宇宙飛行士(韓国,マレーシア)2名と日本人宇宙飛行士延べ7名,合計9名の線量計測データを蓄積した。国際協力実験を含む実験概要,線量計測結果は,以下のJAXA公開データベースに掲載し,今後の宇宙実験計画,リスク評価,宇宙環境利用に関する教育·普及活動に役立てられている。
 ISS宇宙放射線計測データベース(PADLES DB)http://idb.exst.jaxa.jp/db_data/padles/NI005.html