宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 100, 2012

企画シンポジウム II

「外部環境に対する生体適応·不適応」

4. 下半身陽圧負荷を用いた歩行補助装置の開発

松尾 聡,河合 康明

鳥取大学 医学部 適応生理学

Development of a walking-assistance apparatus for rehabilitation using lower body positive pressure

Satoshi Matsuo, Yasuaki Kawai

Department of Adaptation Physiology, Faculty of Medicine, Tottori University

航空機操縦者に生ずるblackoutの一因は機動時の遠心力と考えられ,1940年代頃より遠心力による体液の下方移動の対抗策として,体液の頭方移動を惹起する下半身陽圧(LBPP)負荷が用いられるようになった。宇宙の微小重力環境においても体液が頭方に移動するため,模擬微少重力負荷試験としてLBPP負荷は用いられている。一方LBPPで下肢の組織内圧が上昇するため局所循環に対する負荷試験としても利用されている。
 この様にLBPP負荷には用途や目的の違いがあり,必要に応じて様々なタイプの装置が開発されている。今まで報告のある負荷装置には,立位や仰臥位でLBPP負荷が行えるタイプや,エルゴメータやトレッドミルが内蔵されLBPPと運動負荷が同時にできるタイプがある。Hargensらはトレッドミル歩行中にLBPP負荷を行い,LBPPで生じる浮力が体重負荷を軽減させることを報告した。
 疾病で筋力低下や筋痛を訴える患者のリハビリテーションとして,歩行訓練は不可欠である。この様な症例には高齢者が多く,歩行器,平行棒,杖といった従来の補助器具の使用は困難な例が多い。そこでLBPPを利用して体重負荷を軽減することのできる歩行訓練装置を開発した。開発した装置はナイロン布製のLBPPチャンバー,送気装置,トレッドミルからなる。患者はウエストシール(WS)を着用し,下半身をチャンバー内に入れた後,LBPP負荷をかけながら歩行ができる。装置の特性は比較的低いLBPPで十分な体重軽減効果を得るためWSの面積が大きい点と,WS装着部が強固で使用者が転倒しにくい点である。この装置の実用化に向けてLBPP負荷の1)体重軽減効果,2)歩行運動,3)循環動態,4)下肢周囲長に及ぼす影響を調べたので報告する。
 1)本装置で15〜20 mmHgのLBPP負荷を行うと,見かけの体重は25〜30 kg減少した。2)LBPP負荷で歩行中の抗重力筋の筋電図活動増加は有意に抑制された。3)LBPP負荷で歩行中の平均血圧は2〜3 mmHg 程度上昇したが,高齢者と若年者で血圧上昇の程度に差はなかった。心拍数はLBPP負荷で低下し,歩行中のdouble product は低下した。4)40分起立後に下肢周囲長を計測し,その後 @ LBPP 10分間,A トレッドミル歩行10分間,B LBPP+トレッドミル歩行10分間の3通りの負荷を行い,再び測定を行った。その結果,LBPP+トレッドミル歩行で最も下肢周囲長が減少した。
 歩行訓練が必要な高齢者の中には,循環器障害を有する患者も少なくない。そうした患者には,LBPP負荷が循環器系に及ぼす影響を最小限にする配慮が必要である。こうした観点から本装置は有用であると考えられる。また本装置でLBPPとトレッドミル歩行による筋ポンプ作用を組み合わせることにより,下肢の浮腫に対する有効な治療手段となる可能性がある。