宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 98, 2012

企画シンポジウム II

「外部環境に対する生体適応·不適応」

2. 特化した寒冷適応─冬眠を可能にするメカニズム:褐色脂肪組織の機能

橋本 眞明

帝京科学大学 医療科学部 東京理学療法学科

Cold adaptation of specialized:indispensable function of brown adipose tissue in hibernation

Masaaki Hashimoto

Department of Physical Therapy, Faculty of Medical Sciences, Teikyo University of Science

ヒトを含む内温動物の耐寒反応として,骨格筋によるふるえ熱産生と非ふるえ熱産生が区別されている。最近,後者の主要臓器である褐色脂肪組織(BAT)が成人で機能的に存在することが確認された。ヒトの非ふるえ熱産生に占めるBAT熱産生の割合は不明ながら,げっ歯類などの小動物では50〜70%と報告されている。特に,冬眠動物では,冬眠からの覚醒に不可欠な臓器と思われる。
 冬眠は餌の獲得が困難な冬季にエネルギー消費を極度に抑制し生命維持を図る越冬戦略の1つである。小型ほ乳類の冬眠では,ヒトと同レベルの通常体温状態から氷点付近の環境温度程度まで核心部温を低下させ,そのレベルを数日数週間維持した後,再び通常レベルにまで上昇させる。中途覚醒後半日1日ほど通常体温で過ごした後,再び入眠し,冬眠期間中これを繰返す。冬眠の準備期間に全ての体内機構が冬眠行動に適応した体制へ変容すると思われるが,「準備」の実体や冬眠開始を決定する因子は未知である。
 極低体温で冬眠する動物が覚醒を始める時,他臓器に先行しBAT温度が上昇する。本研究では,覚醒にBATが不可欠か否か,さらに極低体温下で機能するBATの熱産生機構を明らかにする目的で行われた。
 ゴールデン·ハムスター(Mesocricetus auratus)を25°C,明暗=12:12から5°C,恒暗飼育に移し冬眠を誘導,行動モニターにより冬眠の各相を判定した。BAT機能はノルアドレナリンβ3受容体経由で支配されている。1)ノルアドレナリンβ3受容体の選択的作動薬(CL316, 243:CL),選択的阻害薬(SR59230A:SR)を投与し,刺激による冬眠からの覚醒に与える影響を,覚醒までの時間とBAT温度を測定し,検討した。2)室温25°Cで飼育を続けた動物(WA群),5°C-恒暗条件で2週間飼育した動物(CA群),冬眠中の低体温動物(H群),からBATを採取した。各群のBATは12°Cと36°C,2つの培養温度下で酸素消費量を計測し,CLとSRに対する応答を比較した。
 結果として以下の点が明らかとなった。1)刺激により冬眠からの覚醒を始めた動物のBAT機能を選択的に阻害すると,覚醒を停止するか覚醒時間が長くなる。2)冬眠中の動物のBAT機能を選択的に促進するとBAT温度上昇が始まり覚醒する。3)選択的作動薬に対するBATの酸素消費量応答:36°Cでは群間の差がなかったが,12°Cでは他の2群と比べH群のみが有意に大きかった。4)12°Cでの測定時にcAMP合成酵素の刺激薬(Forskolin)を与えると,その差がなくなった。5)β3受容体のmRNAを定量した結果,H群はWA群の30%程度,CA群の80%程度であった。
 結果は,BATが冬眠行動,特に冬眠からの覚醒に不可欠であることを示す。冬眠中の低体温下でも高い熱産生能力を発揮するBAT の能力は,β3受容体からcAMP合成に至る間の分子機構にある可能性も示唆された。低体温下でノルアドレナリンに対する高いBATの反応性をもたらす分子機構の変化は,冬眠の準備期間に生じると考えられる。分子機構のどこにその変化が生じているのか,それがどのような変化なのか,それがいつ生じたのかを明確にすることで,「冬眠の準備」の実体が明らかになるであろう。