宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 96, 2012

企画シンポジウム I

「宇宙実験(The mice drawer system : MDS)報告会」

6. 長期宇宙滞在マウスにおける精子形成不全

河野 史倫1,芝口 翼2,大平 宇志3,後藤 勝正4,大平 充宣1,2

1大阪大学 医学系研究科
2大阪大学 生命機能研究科
3宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室
4豊橋創造大学 健康科学研究科

Spermatogenic failure in long-term spaceflown mice

Fuminori Kawano1, Tsubasa Shibaguchi2, Takashi Ohira3, Katsumasa Goto4, Yoshinobu Ohira1,2

1Graduate School of Medicine, Osaka University
2Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University
3Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency
4Graduate School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University

精子は,睾丸内部の曲精細管で作られ,直精細管を通って精巣上体に貯蔵される。このような正常な精子形成には,精細管間質の細胞から分泌されるテストステロンが重要な役割を果たすことが知られている。我々は,mouse drawing system(MDS)を用いて成熟C57BL/10Jマウス(8週齢)を国際宇宙ステーションに91日間滞在させ,長期宇宙滞在による精子形成への影響を調べた。また,地上シミュレーションモデルとして後肢懸垂および2-G負荷を同じ期間実施した場合の影響についても検討した。宇宙滞在後に地上へ帰還したマウスは1匹のみであったが,精巣上体に含まれる全精子数は地上で飼育したコントロールマウスに比べて10%以下であった。後肢懸垂を行ったマウスにおいても精子数減少(約30% vs. コントロール)が認められたが,減少の程度は宇宙滞在マウスでより顕著であった。2-G負荷による精子数への影響はなかった。宇宙滞在マウスの睾丸では,テストステロン生成に重要なステロイド脱水素酵素である3β-HSDの発現低下が精細管間細胞で顕著に認められた。精子形成に関与するホルモン受容体の発現量には長期宇宙滞在の影響はなかったものの,炎症性サイトカインIL-1β発現が地上飼育マウスの約30倍に亢進した。以上の結果は,睾丸内で誘発された炎症反応によりテストステロン分泌が低下し,精子形成不全を引き起こした可能性を強く示唆する。睾丸血流量の増加が精母細胞等のアポトーシスを引き起こし,精子形成を抑制することが先行研究により報告されている。このようなデータとも合わせて考えると,宇宙空間または後肢懸垂等で引き起こされる頭部への体液シフトによる睾丸血流の低下が,本研究で観察された精子形成不全の主要因である可能性が高い。