宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 95, 2012

企画シンポジウム I

「宇宙実験(The mice drawer system : MDS)報告会」

5. 91日間の宇宙滞在がマウス脳の遺伝子およびタンパク質発現に及ぼす影響

大平 宇志1,河野 史倫2,寺田 昌弘3,大平 友宇4,後藤 勝正4,落合 俊昌5,Ranieri Cancedda6, 大平 充宣2

1宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室
2大阪大学大学院 医学系研究科
3宇宙航空研究開発機構 ISS科学プロジェクト室
4豊橋創造大学大学院 健康科学研究科
5三菱重工 神戸造船所
6ジェノヴァ大学

Effects of 91-day spaceflight on gene and protein expression in mouse brain

Takashi Ohira1, Fuminori Kawano2, Masahiro Terada3, Tomotaka Ohira4, Katsumasa Goto4, Toshimasa Ochiai5, Ranieri Canncedda6, Yoshinobu Ohira2

1Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency
2Graduate School of Medicine, Osaka University
3Institute of Space and Astronautical Science ISS Science Project Office, Japan Aerospace Exploration Agency
4Graduate School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University
5Mitsubishi Heavy Industries, LTD, Kobe Shipyard & Machinery Works
6DOBIG, University of Genova, Genova, Italy

重力レベルの変化に対する生体システムの適応については,数多くの報告が存在することから,両者が密接に関係していることは明らかである。中枢神経系については,発育期のげっ歯類を短期間,宇宙で飼育した結果,大脳皮質シナプスの数および形態に変化が生じることが確認されている。また,宇宙環境を利用した実験以外にも,げっ歯類の後肢懸垂飼育(宇宙滞在の地上シミュレーションモデル)や遠心機を用いた過重力環境飼育に伴う脳の遺伝子およびタンパク質発現の変化を報告する文献も存在する。しかし,長期間の宇宙滞在が脳に及ぼす影響については明らかになっていない。そこで,本実験では,91日間宇宙に滞在したマウスの脳における遺伝子およびタンパク質発現の網羅的解析を行った。
 マウスは,地球へ帰還後3時間以内にCO2吸入により安楽死させ,摘出した全脳を右脳と左脳に切り分け,それぞれ液体窒素内で瞬間凍結させた。その後,右脳を粉末化し,その一部を使用してマイクロアレイ解析およびiTRAQ®(isobaric tags for relative and absolute quantitation)法を用いたプロテオミクス解析を行った。その結果,解析した4,000種の遺伝子のうち,宇宙滞在により発現が亢進(2倍以上)されたものが125種,抑制(1/2以下)されたものが117種確認された。一方,タンパク質の発現は,28種が亢進,9種が抑制された。これらの遺伝子·タンパク質の機能をデータベースを基に調べた結果,免疫反応や酵素活性,ミトコンドリア代謝,タンパク輸送等に関与していることが明らかとなった。以上の結果から,長期間の宇宙滞在は,脳機能に何らかの影響を及ぼしていることが示唆されるため,宇宙飛行士の健康管理の立場からも今後詳細に検討していく必要がある。本研究は,日本学術振興会·科学研究費補助金(基盤研究S, 19100009)によって実施された。