宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 93, 2012

企画シンポジウム I

「宇宙実験(The mice drawer system : MDS)報告会」

3. ヒト対象研究を支えるモデル生物の有用性:宇宙飛行マウスの皮膚(体毛)解析

向井 千秋,寺田 昌弘,東端 晃,山田 深,石岡 憲昭,大島 博

宇宙航空研究開発機構

Importance of space-flown mice samples (skin and hair) for complimenting human research

Chiaki Mukai, Masahiro Terada, Akira Higashibata, Shin Yamada, Noriaki Ishioka, Hiroshi Ohshima

Japan Aerospace Exploration Agency

【背景】 宇宙環境(微小重力環境,宇宙放射線環境,精神的ストレス等)による人体への影響を把握し,健康障害をきたす状況に関して適切な対処法や予防法を構築する事は,有人宇宙探査を支える上で必要不可欠なことである。この観点から宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2007年に宇宙医学生物学研究室(JAXA Space Biomedical Research Office, J-SBRO)を設立し,ヒトやモデル生物を対象として,地上,軌道上(国際宇宙ステーション),そして,宇宙模擬環境(南極大陸,パラボリック·フライト等)での研究を遂行している。このうち,「長期宇宙滞在宇宙飛行士の毛髪分析による医学生物学的影響に関する研究」は, 宇宙環境の人体への影響を毛髪分析から評価し,長期宇宙滞在者の健康管理に役立てることや,毛髪による健康管理手法を確立することを目的に,10例の飛行士に対して2009年より宇宙実験を遂行中である。この研究では毛幹でミネラルやたんぱく質代謝を測定し,また,毛根細胞から微小重力や宇宙放射線の影響を分子生物学的に分析する手法をとっている。被験者への侵襲を最小限にするため,多量の毛髪や毛根を含む皮膚の採集は行っていない。今回,イタリア宇宙機関およびアメリカ航空宇宙局が行ったマウスのTissue Sharing Programに参加し,マウスの皮膚 (体毛,毛根を含む) を入手することが可能となった。マウスをモデル生物とすることで,収集できるサンプル量が制限されているヒト対象研究でのデータ補完が可能となるものと期待している。
 宇宙飛行マウスの研究概要 :
 【目的】 宇宙環境の生態への影響をマウスの皮膚(体毛,毛根を含む)から分析。
 【方法】 3か月間の宇宙飛行後マウス3匹,2週間の宇宙飛行マウス7匹。地上コントロールのマウス26匹(宇宙実験グランドコントロール11匹,尾部懸垂3か月5匹,2 G過重力暴露3か月5匹,および,尾部懸垂·2 G過重力曝露のコントロール5匹)の皮膚を採取。毛根に関してDNA microarray analysisおよび,real time RT-PCR(Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction)法により宇宙環境で変化する遺伝子を測定。GO(Gene Ontology)解析を施行。
 【結果】 DNA microarray法で,宇宙飛行群では2,091個のgeneが2倍以上の変化(up and down regulation)を示し,このうち222個は尾部懸垂マウスで,98個は2 G過重力暴露マウスで共通していた。GO解析で,細胞骨格,中間径フィラメント,毛髪関係遺伝子群に重力による変化が見られた。
 【結論】 宇宙飛行サンプルは貴重なため,研究者間でのTissue Sharing Programは非常に有用と思われる。また,ヒト,および,モデル生物での毛髪分析により,宇宙環境の生体への影響をより包括的に分析できるものと思われる。