宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 92, 2012

企画シンポジウム I

「宇宙実験(The mice drawer system : MDS)報告会」

2. 3ヶ月間の宇宙飛行がマウス骨格筋の特性に及ぼす影響

後藤 勝正1,2,大野 善隆2,大平 友宇1,岡部 洋興3,大平 宇志4,河野 史倫5,吉岡 利忠6,大平 充宣5

1豊橋創造大学大学院 健康科学研究科
2豊橋創造大学 保健医療学部
3国士舘大学
4宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室
5大阪大学大学院 医学系研究科
6弘前学院大学

Effects of 91-day-space flight on the properties of skeletal muscles in mice

Katsumasa Goto1,2, Yoshitaka Ohno2, Tomotaka Ohira1, Hirooki Okabe3, Takashi Ohira4, Fuminori Kawano5, Toshitada Yoshioka6, Yoshinobu Ohira5

1Department of Physiology, Graduate School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University
2Laboratory of Physiology, School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University
3Kokushikan University
4Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency
5Graduate School of Medicine, Osaka University
6Hirosaki Gakuin University

宇宙滞在による無重量環境曝露は,人体の生理機能に様々な影響をもたらすことはよく知られている。無重量環境下では荷重がなくなるために,運動器である骨格筋は萎縮することがスペースシャトルを用いた短期(5〜20日間)宇宙実験や地上シミュレーション実験により多数報告されている。しかし,長期宇宙滞在が骨格筋組織に及ぼす影響は明らかでない。そこで,国際宇宙ステーションに滞在したマウス骨格筋の諸特性について検討した。マウスは国際宇宙ステーションに搭載したmouse drawer system(MDS)で3ヶ月(91日)間飼育された。対象群としては同じ期間地上で飼育した。全てのマウスより,ヒラメ筋および長趾伸筋を摘出した。3ヶ月の宇宙滞在により顕著な萎縮が観察されたのはヒラメ筋であり,長趾伸筋では萎縮が認められなかった。萎縮したヒラメ筋では,ミオシン重鎖の速筋化が観察された。細胞膜に局在するnitric oxide synthase-1(NOS1)の細胞質への移行がヒラメ筋で観察されたが,速筋である長趾伸筋では認められなかった。遺伝子発現の解析により,筋萎縮に関連したMuRF-1やAtrogin-1などユビキチンリガーゼの発現増加がヒラメ筋および長趾伸筋で認められた。しかし,オートファジー関連遺伝子には顕著な変化は見られなかった。インスリン様成長因子1やインターロイキン6の発現はヒラメ筋で減少し,長趾伸筋で増加した。熱ショックタンパク質などのストレス関連遺伝子は長趾伸筋で増加したが,骨格筋特異的microRNA(miRNA)の発現では,対象群におけるヒラメ筋におけるmiR-206およびmiR-208bの発現は,長趾伸筋に比べ著しく高値を示した。3ヶ月間の宇宙滞在により長趾伸筋ではmiR-27a, miR-27b, miR-133a, miR-208b および miR-378の発現量が増加した。一方ヒラメ筋では,3ヶ月間の宇宙滞在により発現量が増加するmiRNAは認められず,miR-27a,miR-27b,miR-206,miR-208bおよびmiR-378の発現量は減少した。したがって,ヒラメ筋と長趾伸筋における無重量環境曝露への応答の差異の一部に筋萎縮に対抗するような機構の存在が示唆された。今回は個体数が少なく,今後さらなる検討が必要と考えられた。尚,本研究の一部は,日本学術振興会科学研究費(20300218, 22240071, 19100009, 24650411, 24650407)ならびに日本私立学校振興·共済事業団による学術振興資金を受けて実施された。