宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 91, 2012

企画シンポジウム I

「宇宙実験(The mice drawer system : MDS)報告会」

1. 長期間にわたる宇宙環境への滞在によるマウス脊髄運動ニューロンの変化

石原 昭彦1,永友 文子1,寺田 昌弘2,後藤 勝正3,石岡 憲昭2,大平 充宣4

1京都大学大学院 人間·環境学研究科
2宇宙航空研究開発機構
3豊橋創造大学大学院 健康科学研究科
4大阪大学大学院 医学系研究科

Effects of long-term exposure to microgravity on spinal motoneurons in mice

Akihiko Ishihara1, Fumiko Nagatomo1, Masahiro Terada2, Katsumasa Goto3, Noriaki Ishioka2, Yoshinobu Ohira4

1Graduate School of Human and Environmental Studies, Kyoto University
2Japan Aerospace Exploration Agency
3Graduate School of Health Sciences, Toyohashi SOZO University
4Graduate School of Medicine, Osaka University

数週間にわたる宇宙環境への滞在によって,ラットの腰髄前角外側部に分布する中型サイズ(500-800 μm2)の運動ニューロンで酸化系酵素活性が減少する(Ishihara et al., Acta Anat, 1996)。中型サイズの運動ニューロンは酸化能力の高い遅筋線維を神経支配しているので,中型サイズの運動ニューロンで認められる酸化能力の低下は,これらの運動ニューロンが神経支配する骨格筋線維での変化(遅筋線維の萎縮や速筋線維へのタイプ移行など)と対応する。一方,速筋線維で構成される会陰筋(球海綿体筋や肛門挙筋)を神経支配するラットの腰髄前角内側部に分布する運動ニューロン(Ishihara et al., Muscle Nerve, 2000)や,ラットの頸髄前角外側部に分布する運動ニューロン(Ishihara et al., Neurochem Res, 2006),さらにラットの筋紡錘内における錘内筋線維を神経支配するγ運動ニューロン(Ishihara et al., J Gravit Physiol, 2002)では,数週間の宇宙環境への滞在による変化は認められない。数ヵ月以上にわたる長期間の宇宙環境への滞在による脊髄運動ニューロンの変化を検討した研究はこれまでに認められない。本研究では,長期間にわたる宇宙環境への滞在によってマウスの脊髄に分布する運動ニューロンの特性がどのように変化するのかを検討した。3匹のマウスを13週間にわたって国際宇宙ステーションで飼育した。地上に帰還後,頸髄と腰髄の前角外側部に分布する運動ニューロンの細胞体サイズと酸化系酵素活性を地上で飼育したマウス(4匹)の運動ニューロンと比較した。頸髄と腰髄の前角外側部に分布する運動ニューロンの細胞体サイズについては,宇宙環境への滞在による影響は認められなかった。頸髄と腰髄の前角外側部に分布する小型から中型サイズ(<700 μm2)の運動ニューロンでは,宇宙環境への滞在によって酸化系酵素活性の減少が認められた。頸髄と腰髄の前角外側部に分布する小型から中型サイズの運動ニューロンは,錘内筋線維を神経支配するγ運動ニューロン(<300 μm2)と酸化系酵素活性の高い遅筋線維を神経支配するα運動ニューロン(300-700 μm2)であり,したがって,長期間にわたる宇宙環境への滞在は,錘内筋線維を神経支配するγ運動ニューロンの酸化系酵素活性を減少させた。このような変化は,短期間にわたる宇宙環境への滞在では認められない。長期間にわたる宇宙環境への滞在では,γ運動ニューロンの特性が変化することにより骨格筋の収縮を調節する機能が低下すると考えられる。