宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 89, 2012

一般演題

31. 操縦者の立体視機能について−動的立体視と静的立体視

小西 透,辻本 由希子,吉村 一克

防衛省 航空自衛隊 航空医学実験隊

Stereo vision test for the JASDF aviators ─Static stereo vision and dynamic stereo vision─

Toru Konishi, Yukiko Tsujimoto, Kazuyoshi Yoshimura

Aeromedical Laboratory, Japan Air Self-Defense Force, Ministry of Defense

【背景】 左右眼の視野が重なっている領域を両眼視野といい,この領域で得られた視覚情報は,単眼視野部よりも多くの情報があり,これを両眼視機能という。両眼視機能の成立には,様々な視機能が影響するが,その中で最も高度な機能が立体視機能である。立体視機能には,静的な刺激に対する精密な立体視機能である静的立体視と,粗い動的な刺激に対する立体視機能である動的立体視の2種類が存在する。ヒトは,200 m以上の距離では,空間認知能に関して単眼視と両眼視の差はないと言われているが,実際の航空業務環境を考えると,200 m以内の距離で正確な機動を求められる機会が多く存在するため,航空業務従事者にとって正常な立体視を有することが必要と考えられる。
 【目的】 航空身体検査における立体視機能評価を適性化するための資とすることを目的とし,解剖生理学的メカニズムの異なる動的立体視機能検査と静的立体視機能検査の比較及び立体視機能と視力や眼位といったその他の視機能検査項目との関係について検証した。
 【方法等】 被検者は,平成23年12月から平成24年3月までの間に,当隊で航空身体検査を受検した操縦士のうち,同意を得られた185名とした。被検者に対し,通常の航空身体検査時に実施する視力,屈折値,輻湊近点,眼位,三杆法といった項目に加え,近距離静的立体視機能検査であるStereo Fly Test及び遠距離立体視機能検査であるPola Testを実施し,測定結果の解析を行った。
 【結果】 本検証に参加した全ての被検者が,立体視機能を含む,全ての視機能検査項目の航空身体検査基準を満たしていた。年齢と視力,屈折値と視力に強い相関が認められた一方,相関は強くないものの,近距離静的立体視機能検査と遠距離静的立体視機能検査に相関が認められた。また,屈折値や近距離裸眼視力と近距離静的立体視機能検査に相関が認められた。三杆法,Stereo Fly Test及びPola Testをそれぞれ測定値により2群に分け,他の視機能と比較すると,三杆法ではPola Testに,Stereo Fly Testでは年齢,屈折値,遠距離及び近距離視力に,Pola Testでは,水平方向の眼位及びStereo Fly Testに有意差を認めた。
 【考察】 本研究の全被検者が自衛隊の航空身体検査における視機能検査基準を満たしていたため,結果が比較的狭い範囲に集約し,有意差を認めた項目は少なかった。
 三杆法は最小視角を定量することのできない検査であるが,静的立体視機能検査と相関する可能性が示唆された。また,近距離静的立体視機能検査は,老視の影響を強く受けるため,年長の航空業務従事者の立体視機能評価には適さない可能性がある。さらに,遠距離静的立体視機能検査は,航空身体検査の基準内の眼位でも結果に影響を及ぼすことが示唆された。
 実際の航空業務環境を考慮すると,遠距離での立体視機能を正確かつ簡便に評価できる検査法が航空身体検査に適していると考えられ,今後の立体視機能の評価には,遠距離での動的立体視及び静的立体視双方を評価可能で,最小視角を細かく定量することが必要と考える。