宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 87, 2012
一般演題
29. 軽度の動揺病発症に伴う生体生理反応の計測
加藤 幸洋，石﨑 千穂，榊原 瞳，井須 尚紀
三重大学 工学部
Instrumentation of biological signals accompanying moderate motion sickness
Yukihiro Kato, Chiho Ishizaki, Hitomi Sakakibara, Naoki Isu
Faculty of Engineering, Mie University
本人が不快を感じるのに先立って動揺病の発症を逸早く予測·検出する方法やデバイスの開発を目的として，軽度の動揺病を発症させて種々の生体信号を計測した。20歳前後の男女39名（男性30名，女性9名）を被験者とし，22名に2回の実験を行い，総計61試行の実験を行った。3Dドライビング·シミュレータを30分間運転させることによって軽度の動揺病を誘起した。刺激10分前から刺激終了時まで，心電図および呼気CO2分圧を1 kHzでサンプルして記録した。心電図波形から心拍周期を求め，5分間の心拍周期変動を5秒毎に周波数解析することによって自律神経活動を計測した。呼気二酸化炭素分圧波形から5秒毎に1分間の呼吸周期の平均と標準偏差を求めて呼吸周期変動を計測とともに，呼気終末二酸化炭素分圧（ETCO2）を計測した。また，鼓膜温と手掌部皮膚表面温を0.5 Hzでサンプルして測定した。唾液を5分間隔で採取し，pH，Kイオン濃度，Naイオン濃度，NOイオン濃度，クロモグラニンA（CgA）濃度，免疫グロブリンA（IgA）濃度，アミラーゼ活性を測定した。動揺病不快感の強度をマグニチュード評価法によって2分間隔で測定するとともに，実験開始前および終了後にシミュレータ酔調査票（SSQ）に記入させた。
61試行中43試行で不快感が発生し，うち5試行は不快感が受忍限界を超えたため実験を中断した。不快を感じなかった18試行においても，約半数はSSQが上昇しており，多少の動揺病を発症しても不快に感じていないことが伺われた。心臓交感神経活動は昂進し，副交感神経活動は抑制した。呼吸周期は刺激開始時に急激に短縮し，その後徐々に延長した。呼吸周期変動は刺激開始時の一過性増大の後，徐々に増大した。ETCO2は刺激開始後低下したのちほぼ一定の値を示した。鼓膜温は刺激中徐々に低下し，手掌部皮膚表面温は刺激開始後急激に低下し後に徐々に上昇した。アミラーゼ活性とKイオン濃度には変化が観測されず，Naイオン濃度とpHは低下しNOイオン濃度は上昇した。s-IgAおよび唾液分泌量は上昇しs-IgA分泌率が上昇した。さて，本実験の刺激では動揺病を発症させるだけでなく，興奮や緊張，ストレス等の精神的作用も引き起こしたと考えられる。そこで，計測された反応の大きさと発生した動揺病強度との相関を調べた。呼吸周期の延長，呼吸周期変動の増大，鼓膜温の低下が動揺病と有意な相関を示した。ETCO2は動揺病強度と有意な相関が得られなかったが，不快感の強い試行においてETCO2は顕著に低下した。CgA濃度は試行数が少なく統計的に検定できなかったが，CgA濃度（蛋白補正値）は不快感の弱い試行で上昇し，強い試行で低下した。以上の反応は動揺病検出の指標の候補として有力であることが示された。しかし，動揺病と相関が得られたが，動揺病のみに依存するとは言えず，他の精神的作用の影響も反応に表れていると考えなければならない。動揺病に対応した成分を抽出するためには，動揺病以外の精神的作用も同時に計測し，その精神的作用を反映した成分を取り除くことが必要である。実用性のある動揺病検出法を得るためには，動揺病と共起しうる精神的作用の影響を打ち消すための生体信号も特定しなければならないことが示唆された。