宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 84, 2012

一般演題

26. 良きサマリア人の原則について

吉田 泰行1,中田 瑛浩2,井出 里香3,田部 哲也4

1栗山中央病院 耳鼻咽喉科
2栗山中央病院 泌尿器科
3東京都立大塚病院 耳鼻咽喉科
4島田台病院 耳鼻咽喉科

About the Good Samaritan Law

Yasuyuki Yoshida1, Teruhiro Nakada2, Rika Ide3, Tetsuya Tanabe4

1Department of ENT, Kuriyama Central Hospital
2Department of Urology, Kuriyama Central Hospital
3Department of ENT, Ohtsuka Metropolitan Hospital
4Department of ENT, Shimadadai Hospital

良きサマリア人の原則は西欧キリスト教諸国にて発祥したものである。また我が国に於いても新幹線や航空機内の緊急事態にて発動される事が有る人道に則った原則であり,艱難·困苦の中に有る人を助けたいとの文化や伝統を越えた万国共通の心情に基づく行動でもある事は論を待たない。従ってその結果は問わないとの原則は医療にも当てはまるものではある。しかし医療を巡る法制度との整合性や今日の人権意識の高まりの中で本家本元のキリスト教諸国に於いても,救急医療を含めた医学の高度の進歩に鑑み人道的原則とはなり得ない点も有ると伝え聞いている。よって此の様な緊急時の医療と法制度との兼ね合いについて検討すべき点が有ると考えられる。此の点について以前より「良きサマリア人の原則」を正面から扱って来た本学会に於いて議論を醸し出すべく問題点を提起し,学会員諸兄の御批判を仰ぎたい。
 先ず出典については新約聖書ルカ伝のサマリア人のエピソードより来ている。或るユダヤ人が強盗に襲われ金品のみならず怪我までおわされている処を,偶々通りかかったサマリア人が助けだし宿泊所迄連れて行き其処の主人に代金を払い介抱を依頼し,更にまた岐路立ち寄るから代金の不足分はその時追加して払うと約束して立ち去ったという故事による。宗教的意義は別として,艱難困苦の渦中に在る人を助けたいと言う心情は人種·民族に依らず人類共通であるとの代名詞となっている。この様な場合,自分の損得を考えず他人を助けた時には結果の如何に関わらず称賛されその結果は問わないと言う原則を言う。
 しかし複雑化した現代社会に於いて,職業としての役割分担とそれに伴う責任を報酬と共に引き受ける仕組みの中で結果は問わないという点に問題が有るとの考えも有る。
 この様な場合,無資格者と有資格者とは違いが有る即ち医療人には応召の義務が有り又相当水準の医療を提供することが期待される。(免責とはならない)更には訴訟社会に於いて例え無償の手助けでも結果次第では訴訟に訴える事も有るとの考えも有る。
 法的にはローマ法の伝統の欧州大陸では「事務管理」と言う考えに立ち良きサマリア人の原則を持ち出さないとの考えが有り,日本の法体系も此れに基づいている。一方欧米法ではこの考えが発達しておらず,コモン·ローとしての良きサマリア人の原則を表に出さないと法的に規定できないという事情も有る。○注事務管理とは法律上の義務·権限無く他人の事務を執り行う(世話を焼く)という意味である。
 この様に権利意識が確立し経済原則も発達した現代社会では,有資格者は相応の責任を負う事が求められており,良きサマリア人の原則は無制限に成り立つものではないという考え方が有り,法体系や文化的伝統を踏まえて更なる考察が必要と考えられる。