宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 76, 2012

一般演題

18. 環境温の変化により体温変動をきたした3例

犬飼 洋子,岩瀬 敏,西村 直記,桑原 裕子,菅屋 潤壹

愛知医科大学 医学部 生理学

Body temperature fluctuations depending on change of environmental temperature

Yoko Inukai, Satoshi Iwase, Naoki Nishimura, Yuko Kuwahara, Junichi Sugenoya

Department of Physiology, Aichi Medical University School of Medicine

【はじめに】 体温調節の目的は,核心温を一定の狭い範囲内に維持することである。しかし環境温の変化により体温が変動する3症例を経験し,的確な治療に導入するためにその病態を解析した。
 【方法】 Minor法(全身発汗分布),換気カプセル法(局所発汗量),レーザードップラー(局所皮膚血流量,交感神経性皮膚血流反応;SFR),交感神経性皮膚反応;SSR(汗腺活動),皮膚交感神経反応(中枢性交感神経活動)をそれぞれ有毛部,無毛部で,暑熱負荷(室温40°C),寒冷負荷(室温15°C)にて測定し,鼓膜温を同時連続測定した。
 [症例1] 28歳,女性。主訴は熱が体内にこもる,37°C代の微熱,めまい,失神で,約1年前より出現した。6歳頃より発汗が少ない。出産時仮死産。暑熱負荷で鼓膜温の発汗開始閾値が37.5°Cとやや高目であった。以上より,視床下部障害を疑った。
 [症例2] 5歳6か月,男児。無汗による体温調節障害。出産歴は超低出生体重児で軽症仮死。出生後人工的に体温調節され,その後発熱を繰り返すも感染徴候なし。暑さのみでなく,寒さにも弱い。外胚葉奇形なし。視床下部ホルモン,末梢神経伝導検査値は正常だった。MRIで視床下部形態異常はなかった。暑熱負荷で温熱性無汗であったが,無毛部のSFR,SSRの精神的反応は良好であったことより,精神性発汗神経路と温熱性発汗神経路の合流部より上位の視床下部体温調節中枢の障害と判断した。有毛部皮膚生検で汗腺が無かったことより,周産期の視床下部障害による生後の汗腺へのコリン作動性支配の障害と考えられた。
 [症例3] 40歳,男性。環境温の変化による著明な体温変動とそれに伴う不快感を自覚した。腋窩温が,暑い夜は37.8°Cまで上昇し,明け方は35.0°Cまで,冬季には32.8°Cまで下降する(変温症poikilothermia)。しかし寒冷環境で寒さを感じない。33歳時,事故による頸椎捻挫の後,1か月間38.9°Cに発熱し,解熱1か月後より微熱,体温変動を認めた。高血圧も発症し持続した(150/107〜164/100 mmHg)。頭部MRI:異常なし。頸椎MRI:頸部椎間板ヘルニア: C3/4, 4/5, 5/6に椎間板のbulgingを認める。CVR-R:1月 1.99%,7月 8%,5年後の3月 1.74%:冬季に低下する傾向があった。末梢神経伝導検査,体性感覚性誘発電位は異常なし。起立性低血圧なし。全身発汗分布は,常温環境下で,両側手掌,腋窩,胸腹部,腰背部において精神性発汗を認めた。鼓膜温は常温下で37.14°Cと既に高く,暑熱曝露中皮膚血流量は上昇したが,上半身では温熱性発汗の増加はなく,核心温が著明に上昇した。 寒冷暴露時は,鼓膜温が低下しているにもかかわらず,上半身の有毛部での皮膚血流量は減少しなかったが,無毛部の皮膚血流量は緩徐に減少し,その減少速度が急速になった以後,鼓膜温の低下が緩徐になった。これより,有毛部での血管収縮性の体温調節不全を,精神性血管運動で補おうとしているが,代償はできていないといえる。下半身では全て正常反応であった。以上より,障害部位は,視索前野/前視床下部温度受容器すなわち体温調節中枢への核心温入力であるといえ,原因は頸髄損傷による,脊髄で感知された核心温情報が中脳へ伝達される経路の遮断と考えられた。
 【結語】 これらの病態の解明により,的確な治療に導入し,体温調節行動について的確にアドバイスできる。