宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 75, 2012

一般演題

17. 長期宇宙滞在中の心機能低下を予防する運動療法に関する研究3

松尾 知明1,山田 深1,大島 博1,岩崎 賢一1,2,須藤 正道1,3,向井 千秋1

1宇宙航空研究開発機構
2日本大学
3東京慈恵会医科大学

An exercise protocol to prevent cardiac hypofunction during long-term space flight

Tomoaki Matsuo1, Shin Yamada1, Hiroshi Ohshima1, Kenichi Iwasaki1,2, Masamichi Sudoh1,3, Chiaki Mukai1

1Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency
2Nihon University
3The Jikei University

有人火星探査など将来の長期宇宙滞在ミッションに向けた医学的課題として,全身持久性体力(VO2max)の低下,心筋萎縮 (心機能低下),体重減少などが挙げられている。運動 (エクササイズ)は体力低下や心筋萎縮の予防策として有効であるが,エネルギー消費量(energy expenditure:EE)の著しい増大を伴い,体重減少を促進する運動プログラムは長期ミッション遂行のマイナス要因となる可能性がある。また,今後の長期ミッションに向けて,飛行士の運動時間を短縮させるための取り組みは重要である。
 JAXAではこれらの課題を解決する運動療法に関する研究に着手している。この研究の目的は,運動によるEEの増加を抑制しつつ,短時間で効率的に体力低下や心筋萎縮を防止できるエクササイズプロトコルを考案することである。目的遂行に向けて,以下の課題(地上実験)を設定した。
 1) 予備実験:自転車運動のオリジナルプロトコル(JAXAプロトコル)の決定
 2) 実験1:JAXAプロトコルのEEに関する検証
 3) 実験2:JAXAプロトコルがVO2maxや心筋重量に及ぼす効果の検証
 平成22年度に予備実験と実験1をおこなった(それらの結果を平成23年度の本学会で報告した)。予備実験では,JAXAプロトコルとして2つの高強度インターバル運動のプロトコル(sprint interval training:SIT;high-intensity interval aerobic training:HIAT)を定めた。実験1では,10名の健康成人男性を被験者とし,考案した2つのプロトコルのEEと,自転車運動のプロトコルとして国際宇宙ステーションで主として用いられているプロトコル(continuous aerobic training:CAT) のEEを,運動後 (3時間) のEEの増加(excess post-exercise energy expenditure)を含めて比較した。SIT,HIAT,CATそれぞれのプロトコルの詳細,総運動時間,運動によるEEは以下の通りである。SIT:30秒間の自転車運動(120% VO2max)を15秒間の休息期を挟んで計7セット,運動時間は5分間,EEは109±20 kcal。HIAT:3分間の自転車運動(85〜90% VO2max)を2分間の休息期(50% VO2max)を挟んで計3セット(3回目の運動期の強度は80〜85% VO2max),運動時間は13分間,EEは182±17 kcal。CAT:40分間の持続性自転車運動(60〜65% VO2max),EEは363±45 kcal。
 平成23年度に取り組んだ実験2では,42名の健康成人男性(26.5±6.2歳)を対象に無作為割付によるトレーニング介入(週5回×8週間)試験をおこなった。SIT,HIAT,CATのVO2max増加率はそれぞれ16.7±11.6%(P<0.01),22.5±12.2%(P<0.01),10.0±8.9%(P<0.01)であり,HIATの効果が最も大きかった。心筋重量(MRI)の増加率はそれぞれ6.5±8.3%(P=0.02), 8.0±8.3%(P<0.01)P=0.37)であった。現在は,週当たりの実践頻度を減少させた場合(週3回×8週間)の効果検証をおこなっている。将来は,宇宙飛行士を対象とした実験やベッドレスト実験での効果検証をおこないたいと考えている。