宇宙航空環境医学 Vol. 49, No. 4, 67, 2012

一般演題

9. 宇宙環境における免疫機能障害のメカニズムの解明

Minh-Hue Nguyen,寺田 昌弘,太田 敏子,向井 千秋

宇宙航空研究開発機構

Investigation of the mechanisms of immune dysfunction in space environment

Minh-Hue Nguyen, Masahiro Terada, Toshiko Ohta, Chiaki Mukai

Japan Aerospace Exploration Agency

宇宙環境は温度,サーカディアンリズム,微小重力,閉鎖·隔離空間,宇宙放射線被曝などの特殊環境である。このような環境下で曝される宇宙飛行士や実験動物は,骨量低下,筋肉の萎縮,睡眠障害などの現象が観察される。中でも,宇宙飛行士の感染症発症に直結する免疫機能低下は喫緊の課題である。これまでの研究では,宇宙飛行による免疫機能低下は細胞性免疫機能障害の可能性があり,発癌·感染,アレルギー性疾患の発症リスクが増大する可能性が高いと指摘されている。しかし,これらの詳細な免疫障害のメカニズムは明らかにされておらず,有効的な対策もまだない状況である。本研究の目的は宇宙環境における免疫障害解明に,模擬宇宙環境動物実験モデルを確立し,免疫障害の評価指標同定とそのメカニズムを見いだすように目指し,今後宇宙環境における生体の免疫障害の分子機構の解明につながると期待する。
 上記の目的を遂行するために,本研究は環境ストレス·運動負荷量低下を及ぼす尾部懸垂マウスモデルを用いて免疫機能関連遺伝子発現動態及びリンパ球サブポピュレーションの変動を分析する。また,免疫応答として血清内のサイトカイン動態の分析で免疫機能を評価するバイオマーカーの探索を行う。
 cDNAマイクロアレイ解析には28,853個のマウス遺伝子を含むマウスゲノム遺伝子チップ(Affymetrix-GeneChip® Mouse Gene 1.0 ST Array)を使用し,免疫主要器官である脾臓·胸腺の遺伝子発現動態を解析する。また,脾臓及び胸腺のリンパ球(T細胞,B細胞,NK細胞など)の代表マーカーを使用し,マルチカラーFACS法で各リンパ球のサブポピュレーションの変動を追求する。一方,抗体アレイシステムを用いて,模擬宇宙環境モデル尾部懸垂マウスの血清内に存在する308種類の蛋白質の動態変化を解析し,バイオマーカーとなり得る分泌蛋白質を抽出する。
 コントロールの尾部拘束群,通常飼育群との比較で,マウス尾部懸垂群ではコスモス2,044ミッションの宇宙飛行マウスと同様に,明らかな胸腺重量の減少が認められ,模擬宇宙環境動物実験モデルとしての有用性が示唆した。また,胸腺細胞総数の重量に比例した減少や,胸腺·脾臓の遺伝子発現解析による筋肉,脂質代謝,免疫関連遺伝子変動が観察された。さらに,抗体アレイ解析による免疫障害を評価する指標分子探索では血清内バイオマーカー候補分子を同定するアッセイが確立し,今後有望的な分子を複数同定することが期待できる。
 これらの結果により,尾部懸垂マウスモデルにおける環境ストレス·運動負荷量低下は免疫システムに影響を与える可能性を示唆した。これら一連の解析で模擬宇宙環境における動物の免疫応答のメカニズム解明を目指し,今後の軌道上実験のための重要な基礎データであると考えられる。
 研究協力者:中藤 学,尾畑 佑樹,高橋 大輔,大野 博司(独立行政法人理化学研究所)