宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 123, 2011

ランチョンセミナー

宇宙のリズムとヒトのリズム

大塚 邦明

東京女子医科大学 東医療センター

Glocal (combined global and local) civilization in space

Kuniaki Otsuka

Tokyo Women’s Medical University, Medical Center East

朝になると目が覚め,夜が来ると眠くなる。この規則的な1日のリズムをつくり出すシステムが,時計機構である。最近,この時計の仕組みが明らかにされた。脳の視床下部視交叉上核がその親時計であり,からだの細胞の1つ1つにもある末梢時計である。親時計と末梢時計が相互に絡み合って,約24時間のリズムがつくり出されている。それでは,地球を遠く離れて宇宙で生活する人々の生命は,どのように時を刻んでいるのであろう。宇宙では,時を刻む仕組みが何らかにより何らかの影響を受け,時は早く流れる?あるいは,ゆっくりと流れているのであろうか?そのときヒトは,それをどのように幸福と感じているのであろうか?そのことが知りたい。そのような期待を持って,宇宙のリズムとヒトのリズムの研究を開始した。
 ヒトは,質量ともに異なったいくつもの生体時計を持っている。24時間,7日,30日,12ヶ月のリズム等である。まだその分子機構は明らかにされていないが,適応の所産として何かを獲得しているに違いない。ヒトに最も強く影響している太陽には,周期的·非周期的活動がある。10.5年,21年,55年,77年等の長い周期である。演者はミネソタ大学のHalberg教授とともに,太陽活動とヒトのリズムとの関係を詳細に検討してきた。そして心臓病の発症や急死,あるいは脳卒中に,同様の多重のリズム性があることを明らかにしてきた。太陽活動フレアは黒点付近で生じる大爆発で,高エネルギー電磁波を地球に吹きつける。オーロラはこの強力な電磁波が,地球を取り囲む地磁場に衝突し,地上の大気を発光させることによって見られる天体ショーである。演者らは,北極圏の空にオーロラが観察されたとき,血圧は変動し,心拍のゆらぎは抑えられ,心筋梗塞が多くなることを見いだした。ヒトは,今もなお宇宙のリズムと呼応し対話しているのである。演者等はこれまで,宇宙との対話に耳を傾けるには,“glocal(グローカル)” な取り組みこそ重要であると考えてきた。“Glocal”という言葉は,global(地球規模)であり,かつlocal(地域に沿った)という意味合いの合成語である。ITの急速な進歩により,宇宙規模から生命のミクロの領域までの生態系の営みを,同じ瞬間に学際的に幅広く観ることができる時代となった。ルネッサンスとは,ギリシャ·ローマ文明の再現(revival of science)を意味する言葉である。とすると,現在(いま)は,まさに第2のルネッサンスとも言えよう。現在の科学革命は,当初のルネッサンスの輝きをはるかに凌駕している。ルネッサンスから約500年を経て到来したこの第2のルネッサンスを,演者は,“glocal (i.e., glo bal & local) civilization” と称してきた。この時に生を得たことに感謝しつつ,時計遺伝子と宇宙との対話に,耳を傾け続けてきた。
 宇宙航空環境医学の分野においては,“glocal”という用語は役不足である。“astrocal(アストローカル)”の方がよい。そしてその手段としは,比較的安易で測定分解能がよい心拍変動解析がまずは適切であろう。将来は,血圧変動をはじめとする数多くの生命現象を,生理学的·生化学的に連続モニタリングすることが可能になってほしい。心拍の時系列は,生命の営みを写す鏡である。そこに潜む実像を見極めることが重要である。その解読のシステムを,演者らはクロノミクスと称してきた。生命の変動性には,秒·分·時間·概日·概週·概月·概年単位のゆらぎが多重的に存在する。そのフラクタル構造を解読する科学という意味である。本講演では,まずは生体リズム研究の最近の進歩と,クロノミクスの立場からみた心拍のゆらぎについて概説し,あわせて現在進行中の宇宙環境と生体リズムとの関わりについての成果を紹介したい。
 24時間心電計で得られた心電図RR間隔のリズム解析から,宇宙空間へのフライトの影響を検討してきた。2008年から2011年までの間に,3ヶ月間以上宇宙に滞在した宇宙飛行士4名(男性)の,フライト前,フライト1ヶ月以内,フライト2〜3ヶ月,3ヶ月以降および地上についてから3ヶ月以内の記録である。フライト勤務にともなう生命現象のゆらぎを評価した。その結果,休息の質を表現する指標(心拍変動のHF成分)は,フライト後2ヶ月目までは低下した(p<0.05)が,宇宙空間に3ヶ月滞在すると軽快し,地上への帰還後も,ほぼ健常に維持された。活動の質を表現する指標(心拍変動のL/H比)は,帰還後,帰還後の環境に適応すべく上昇していた(p<0.05)。生体リズムのうち解析を終えたサーカディアンリズムの評価のみ紹介するが,休息の質と活動の質のいずれにおいても,宇宙空間へのフライト中,サーカディアンリズムは適切に維持されていた。今後,クロノミクスの立場から,時間構造の質がどれくらい適切に保持されていたかの検討が残されている。
 ヒトを含む地球上の生命は,いのちの中に宇宙のリズムを取り込んでいる。そのリズムは,ヒトが宇宙に移動しても,それなりに適切に保持されていた。宇宙のリズムをとり込んだヒトのリズム。この驚くべき天賦の能力に感嘆するとき,1940年代にシュレーデンガーが著した「生命とは何か」が思い起こされる。
 (共同研究者:山本直宗,石川元直,久保豊,佐藤恭子(以上,東京女子科大学 東医療センター 内科),大島博,水野康,武岡元,石田暁,相羽達弥,田山一郎,山本雅文,向井千秋(以上,独立行政法人 宇宙航空開発機構))