宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 118, 2011
宇宙航空医学認定医セミナー |
「東日本大震災における航空医療の展開」 |
2. 災害救急医療の概要
金谷 泰宏
国立保健医療科学院 健康危機管理研究部
Outline of disaster medicine
Yasuhiro Kanatani
Department of Health Crisis Management, National Institute of Public Health
東北地方太平洋沖地震は,規模において兵庫県南部地震(1995年)を大きく上回り,東北地方を中心に1都9県が災害救助法の適応を受けた。本地震の特徴は,スマトラ沖地震(2004年)と同様に地震に伴うインフラの破壊と津波による広範囲な被害を伴った点であると言われている。このため,発災後6ヶ月経過した時点においても約7万人近い被災者が避難を余儀なくされることとなった。地震災害においては,発災後からの時間経過に応じて,超急性期,急性期,亜急性期,慢性期,復興期,準備期に分けられ,それぞれの段階に応じて,対処内容も大きく異なる。超急性期においては,「救命·救助」が,急性期においては「集中治療」が,超急性期においては「疾病管理·メンタルヘルス」が,復興期においては「健康的生活の再建」が,準備期においては「緊急時に向けた減災への取組み」が中心となる。わが国においては,これらの対応を支えるため,災害対策基本法,災害救助法,被災者生活再建支援法がこれまで法整備されてきた。
災害対策基本法の中で,発災後の国および自治体における防災計画の策定が示されていが,被災者の医療支援については,被災県内外からの災害医療チーム(DMAT:Disaster Medical Assistant Team)の派遣,災害拠点病院を中心とした医療提供,重症患者の被災地域外への搬送(広域医療搬送),災害拠点病院間での医療·救護に係る情報ネットワークシステム(EMIS:Emergency Medical Information System)が整備されてきたところである。今般の震災では,広い範囲でライフラインが途絶したこと,さらには原子炉事故により,381ケ所の医療機関のうち,45の医療機関において入院機能を維持することが困難となった (うち,受入不可は25施設)。とりわけ,ライフラインの途絶は,医療機関の機能維持に大きく影響を及ぼし,とりわけ人工透析,人工呼吸器等の生命維持装置を装着されている患者の広域医療搬送が必要となった。
人工呼吸器を装着した患者については,在宅での管理が増える傾向にあり,ライフラインの途絶時においては,酸素ガス,電気の供給を維持する必要がある。今般の震災においては,約9名の人工呼吸器依存の患者の搬送を国(防衛省·自衛隊)が実施した。これら人工呼吸器に依存している患者の搬送については,英国胸部外科学会において搬送基準が示されているが,常時人工呼吸器の装着を要する患者の搬送上の留意事項として,1)医療スタッフの添乗,2)電源の確保(液体バッテリーは不可),3)停電に備えた装備(吸引器,アンビューバック等),4)気圧変化に備え,カフは,空気から生理食塩水に交換する,ことが勧告されている(Thorax 57:289-304.2002)。しかしながら,今般の航空機による広域搬送においては,航空機に随行する医師の確保が困難であったこと,機内からの電源の確保が困難であったこと,騒音等によって意思疎通が困難であったことが報告されている。
本演題においては,わが国における災害医療支援の枠組みについて紹介するとともに,今般,はじめて活用することとなった広域搬送について運用上の課題について報告を行う。