宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 109, 2011

公開シンポジウム-2

「社会課題と『きぼう』利用の係わりを知ろう」

2. 宇宙における眠りの研究

角谷 寛

京都大学大学院 医学研究科 ゲノム医学センター

Sleep research in the space

Hiroshi Kadotani

Kyoto University Graduate School of Medicine, Center for Genomic Medicine

重大な産業事故に睡眠障害が関与している事例が多く,睡眠障害は精神疾患や循環器疾患などの引き金になることが明らかになってきた。特に,日本人は先進国で最も睡眠時間が短いために,睡眠不足や不眠による健康被害,生産性低下,産業事故などのリスクが高いと考えられる。
 国際宇宙ステーションは,騒音·温度·臭気·照度·閉鎖空間·微小重力などの物理的環境,および,多忙な作業·異文化少人数集団などの心理的環境,さらには交代制勤務などの影響のため,快適な睡眠をとることが困難な状況にある。実際,宇宙飛行士は睡眠時間が約30分短縮しているのに加えて,半数以上に睡眠薬の服用経験があるとの報告もある。しかし,これまで宇宙における眠りの知見は非常に限られてきた。その理由には,睡眠検査のゴールデンスタンダードである睡眠時ポリグラフ検査は多数の電極装着を要するため実施困難であり,軌道上で使用されたアクチグラム(左手の動きから睡眠を推定する腕時計型装置)では睡眠の質が分からないことがあった。そこで,超小型脳波計が開発され,古川宇宙飛行士により宇宙医学実験支援システムの一部として試用された。さらに,JAXAと日本睡眠学会との共同事業として「宇宙睡眠研究会」が組織され,研究を実施している。平成23年度には,宇宙飛行士等から直接意見を聞くための世界睡眠学会におけるシンポジウム/市民公開講座を開催し,主に質問紙を用いた地域住民·交代制勤務中の看護士を対象とした調査を実施し,さらに,宇宙睡眠をテーマとした「きぼう利用フォーラム」のマンガを利用した説明冊子を作成してきた。シンポジウム/市民公開講座において,宇宙飛行士の睡眠やシフトワークに大きな問題があることが判明し,宇宙飛行士の睡眠管理が非常に重要であることが再認識された。さらに,JAXA地上管制官や他の交代勤務従事者の快適な睡眠を確保する方法の開発も極めて重要な研究課題であることが明らかになった。
 宇宙飛行士は閉鎖された長期間隔離環境に居住しており,閉鎖環境や遠隔医療のモデルと考えられる。また,宇宙飛行士に加えて,地上管制官もグリニッジ標準時に基づく交代制勤務に従事しており,外界の明暗環境と異なった睡眠覚醒スケジュールをとっていることから,一般の交代制勤務者よりも睡眠が障害されている可能性が高い。
 宇宙で使用するために開発されてきた簡便な超小型脳波計は,在宅においても利用可能である。そこで,一般住民に加えて交代制勤務者や深夜勤務者の睡眠の質を調査し,その睡眠をより改善する方法を検討することにより,交代制勤務や深夜勤務における健康維持,仕事のパフォーマンス維持にも貢献できる。このように,宇宙空間は微小重力下であることを除けば地上で起こりうる環境であり,宇宙における眠りを総合的に研究することで,一般社会に貢献していきたい。