宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 108, 2011

公開シンポジウム-2

「社会課題と『きぼう』利用の係わりを知ろう」

1. 「きぼう」日本実験棟の利用と社会課題の関わりを知ろう

小林 智之

宇宙航空研究開発機構 宇宙環境利用センター

JAXA's attitude to create solutions for social issues through using KIBO

Tomoyuki Kobayashi

Space Environment Utilization Center, Japan Aerospace Exploration Agency

我が国の科学技術政策は従来の方向を大きく変えた。第4期科学技術基本計画では,国家が投資する研究開発や技術開発成果の創出に対して如何に社会へその成果を還元するのかを強く意識した取組みを目指すこととされた。即ち国からの研究開発資金を得た公的機関や組織,及び業務を担う研究者,技術者はその取り組みや成果を社会に様々な形で国民に公開·周知しつつ,最終的には具体的な社会課題解決への貢献を果たすことが求められている。世界15カ国の国際協力の下で開発·運用されている国際宇宙ステーション(以下ISS)への世界の国家投資額は2010年までの開発費の累計総額が7兆7千5百億円,2015年までの運用費総額は2兆3千650億円と膨大であり,今後の利用を通じて世界共通の重要な社会課題の解決に新しい利用成果を創出することが,この業務に携わるNASA(米国航空宇宙局),ESA(欧州宇宙機関),RSA(ロシア宇宙庁),CSA(カナダ宇宙庁)そしてJAXA各機関の重大な責務である。例えば高齢社会の課題がある。日本は世界に先駆けて既に超高齢社会に向かっており,労働者人口の減少,社会保障費の増大に加え,高齢者に社会参画を可能な限り延長することが求められている。しかし,この課題に対してテクノロジーで何を解決することが望まれているのか,また何を成し得るのかが現状不明であることから大学や公的研究機関の実施している研究開発は方向が定まらないままであり,またマーケットを作り出せなかったことから,産業界でも本格的な取り組みが行えていない。未だ高齢社会と技術開発の関わりはその具体的な成果は現状極めて単発的で限定的である。テクノロジーの重要な一分野である宇宙開発技術,特にISSと高齢社会の課題との接点は以下の一点に絞られよう。即ち「ISSという地球から孤立した極限環境の制約下で,人間が生きるための技術の追求がもたらすブレークスルー」である。言い換えれば,ISSで用いるために小型化·低リソース化,高い信頼性,遠隔操作性,クルーの自律的運用性,地球上での情報集約·危機管理対応,運用を基盤とする総合ネットワークの形成など,徹底的に求められる機能·性能を満足する技術開発は,地球上では「そこまでやる気はしない」技術開発である。現在JAXAは,「きぼう」日本実験棟の利用を通じて社会課題の解決への貢献可能性を検討している。対象は「睡眠研究」「排泄技術ソリューション」「高機能宇宙食」「コミュニケーションロボット」の4件である。これらの対象はいずれもこれからの有人宇宙開発にとって極めて重要な対象であり,日本人の持つ感性と技術の融合によって初めて成し得る技術開発であることから,これからの世界中の社会に十分受け入れられるものである。しかし,この開発に当たっては,科学研究分野で往々にして見られるような言わば閉じた研究チームでは成し得ない対象でもある。今後の社会に成果を還元するに当たって重要な視点は「総合知」である。「総合知」とは,知識の量はほどほどにしか無くとも,その知識をどう扱えば他の分野の知識と連動させることができ,人間が生きていく上で役に立つかを知っていることである。この「総合知」を活かすことができる者をJAXA応用利用分野では「目利き」と言う。単なる専門知識の追求ではなく,今有る専門知識をほかの分野の知識と選択的に連動させて如何にして社会に役に立つ仕組みや製品,サービスを創出するのかを常に意識する「目利き」のリーダーシップの下で推進されるべき対象である。