宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 107, 2011

公開シンポジウム-1

「社会に役立つ宇宙医学」

6. 看護職と宇宙医学

荒木 加奈子

元 牛久市役所 保健福祉部 高齢福祉課

Space medicine and nurse

Kanako Araki

Previous Senior Citizens Welfare Division, Social Health & Welfare Department, Ushiku City

看護師,助産師,保健師以外でも,介護職や治験コーディネーター,教員など含め「看護」とされる業務に従事する者は多いが,看護業務の中に宇宙医学研究や長期宇宙滞在で得られた成果等が関係があると知る者はごくわずかと思われる。宇宙医学という分野がある事でさえ,看護業務に従事する者にはほとんど認識されていないだろう。
 しかしながら,「看護業務」は人を看ることであり,それは臨床でも,宇宙滞在中の宇宙飛行士であっても変わることはない。
 宇宙滞在では,地上での訓練,宇宙滞在,地球帰還後のリハビリを通し,老いと似た身体的変化が発生し,それがいかに回復するかという経過を短期間で観察することができる。医療の発展による高齢社会·超高齢社会を迎えつつある日本の看護業界では,この宇宙滞在での研究成果や宇宙飛行士が実際に行っているリハビリなどは,日常の看護業務に密接しており,患者教育や看護職の教育,業務改善などにも直接役に立つ情報が非常に多い。日常と切り離され,閉鎖された環境の宇宙ステーションに,国籍や宗教などが異なる様々なバックグランドを持つ者が一緒に滞在する状態は,病院や施設などに入る患者·高齢者がおかれる状態と似ており,宇宙飛行士へのストレスケアや精神面での支援の手法は,看護の現場でも生かすことができる。また,常に緊張を強いられミスが許されない宇宙飛行士の職場環境は看護業務と共通するものがあり,日常業務の事故防止の工夫や精神衛生面への配慮などは,看護職本人に参考になる。地球の周りを90分で1周する宇宙ステーションで1日の生活リズムを作る工夫は,シフト勤務が多い看護業務や,昼夜逆転してしまった患者のケアなどに非常に役に立つ。宇宙ステーションがある軌道上と地上の医療スタッフを結び,バイタルサインや医学データ等をリアルタイムで地上でモニタリングするための遠隔医療システムは,まだ開発途中ではあるが,実用化されれば自宅療養の患者や被災地,海外にいる受診者·患者が,場所を選ばず安定した医療·看護サービスを受けることができる。一日も早い実用化が期待される。
 宇宙医学以外でも,ライフサイエンス分野では新薬等開発のための基礎研究や,重力が生体に及ぼす影響を知るための様々な研究が行われており,今後の医療や看護の発展に貢献することが期待できる。
 この様に,看護職の現場と宇宙医学はとても近いところにあり,気付かないだけで強く結びついている。宇宙医学の研究成果が看護職の業務に生かされ,また,現場での看護研究の成果が今後の宇宙医学と宇宙飛行士の健康管理に生かされる様になってほしい。
 しかしながら,看護職に就く者の多くは,業務上や日常で宇宙医学の研究成果などの情報に接する機会は,ほとんどないと言ってもいいだろう。医師免許を持つ古川宇宙飛行士が宇宙での長期滞在という貴重な体験をした事をきっかけに,宇宙医学研究に従事する側は,もっと広報活動を工夫し,宇宙医学が看護業務や日常生活に密接しているという事をより広く伝える様,いっそう努力していただきたい。