宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 105, 2011

公開シンポジウム-1

「社会に役立つ宇宙医学」

4. 宇宙の放射線·地上の放射線·宇宙飛行士の見えない命綱

寺沢 和洋

慶應義塾大学 医学部
宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室

Radiation in space, radiation on the ground, the invisible safety tether for astronauts

Kazuhiro Terasawa

Keio University|Space Biological Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency

宇宙飛行士(やがては宇宙旅行者)が宇宙に滞在できる期間は宇宙放射線被曝によってのみ制限されています。これまでの宇宙放射線被曝の測定結果から,線量率は1 mSv/dayのオーダーであることがわかっていますが,これは地上での自然被曝より2ケタ高い数字で,被曝線量限度については地上での職業人より高い値が適用されています。更に,おおよその線量値がわかっているとはいえ,線量は船内·周辺の物質量や太陽活動に依存し,地球を離れ,月や火星といった地磁気圏外へと活動の場を広げる際には更に線量率が高くなることが想定され,個々にリアルタイムで線量測定することが必要不可欠です。宇宙に長期滞在する時代を迎えたということは,短期の宇宙滞在と異なり被曝線量限度に迫るような場合があるため,線量をただ測定していた時代から精度よく測定することが要求されるようになったことを意味します。つまり,測定精度が宇宙滞在期間の制限に直結するわけです。そのような意味で,線量計は宇宙飛行士のための見えない命綱と言えるでしょう。
 放射線の人体に対する影響評価は,広島·長崎のデータや事故によるデータが元になっていますが,逆を言えば,そのような大規模な事件·事故がなければ,評価ができないという意味でもあり,統計学的な限界もあります。 放射線の種類や被曝線量率の違いもあり,宇宙放射線に対するリスク評価は,今後の医学·生物学での課題の一つです。
 以下に宇宙の放射線と地上の放射線の主な違いについて述べます。
 1) 放射線の種類:
 地上で被曝する放射線としては,放射性物質から発生する,α線,β線,γ線に加え,1次宇宙線が地球の大気と相互作用して発生する2次粒子線としてのμ粒子(寄与は少ないが電子,中性子等も含まれます)です。一方,宇宙では高速の荷電粒子線が主で,元素の周期表でいうところの水素原子核から鉄原子核が主に被曝線量に寄与します。鉄より重い粒子も存在しますが,数が減り被曝線量としての寄与は小さいです。更に,それら1次荷電粒子線が宇宙船の船壁や搭載物と相互作用して発生する2次粒子(主に中性子)が被曝線量に加わります。
 2) 放射線のエネルギー:
 地上では放射性物質から発生する放射線のエネルギーはMeVのオーダーですが,宇宙ではエネルギー分布のピークが数百MeV/nのところにあります。その到達距離は水に対して,数10 cmから数mにも及び(それ以上到達距離の長いものもあります),宇宙船や宇宙服を突き抜け人体に入射します。
 地上においては,原発等の事故によっては内部被曝が心配になることも想定されますが,宇宙では放射性物質が漂っているわけではないので,基本的に内部被曝による被害の心配はありません。