宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 103, 2011

公開シンポジウム-1

「社会に役立つ宇宙医学」

2. 睡眠·生体リズム

水野 康

東北福祉大学 子ども科学部
宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室

Sleep and biological rhythms

Koh Mizuno

Faculty of Child and Family Studies, Tohoku Fukushi University|Space Biological Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency

日本人成人の5人に1人が不眠を抱えるとされているが,宇宙環境でも睡眠問題は見過ごすことのできない問題の一つである。近年,不十分な睡眠がもたらす健康被害に関して,実験研究および調査研究の両面から数多くの研究成果が報告されている。これらの成果から,不眠および寝不足状態が,1)注意の維持や判断などの脳機能,2)抑うつや感情制御などの情動面,3)脳機能や情動面の不調に起因する行動面,4)肥満および糖尿病などの生活習慣病など,様々な悪影響を及ぼすことが明らかにされている。宇宙ミッションを考えた時,これらは,宇宙飛行士本人の健康のみならず,ミッション中の作業ミスによる事故発生,少人数ですごす宇宙船内の人間関係の悪化など,種々の問題に発展する可能性を孕んでいる。睡眠調節に関わる影響要因は,1)睡眠·覚醒リズムの基本となる生体内の時計機構,2)日中の活動内容や光環境などの日中の過ごし方,3)不安·興奮や痛み·痒み,年齢·性別などの心身の状態,4)室温や騒音,明るさなどの寝室環境,の4種類に大別され,これらいずれかに問題があると睡眠の質が低下する可能性がある。宇宙船内環境は,最大の特徴である微小重力の他,国際宇宙ステーション内の照度は最大1,000ルックスであり,地上での照度(晴天の日中で約10万ルックス,曇天だと約5,000ルックス)に比べて低照度環境であるという特徴を有する。これらのことは,生体リズムの夜型化や24時間よりも長いリズムの発現などをもたらす危険性を有している。また,宇宙滞在初期における宇宙酔いによる不快感,タイトなスケジュールでの多忙な生活も不眠をもたらす可能性が指摘されている。打ち上げや着陸時には,地球周回軌道や使用可能な燃料の関連から睡眠時間帯の変更を強いられる場合が多く,一時的に地上での交替勤務者のような作業シフトを強いられることになる。これまでの宇宙ミッションから得られた知見では,宇宙飛行中の睡眠は,地上に比してやや短縮するものの,一晩の睡眠構造はほぼ正常であることが確認されている。退役したスペースシャトルミッションでは,上述した運用上の制約から,約2週間の飛行中に睡眠時間帯が約5時間前進すること,ミッションによっては2チームの交替勤務をとることなどから,2〜5割のクルーが飛行中に睡眠導入剤を使用したことが報告されている。宇宙ミッション中の大事故の一つとして,ミール宇宙ステーションと無人輸送船とのドッキング失敗による衝突がある(1997年6月25日)。この事故発生時刻は13時15分であり,午後の眠気の亢進が判断·操作ミスをもたらした可能性が懸念される。宇宙ミッションは,睡眠や生体リズムに悪影響を与える種々の要因を含む中で,必要十分な睡眠が得られるような配慮·工夫が払われるとともに,関連する研究が現在も遂行されている。これらの知見は,地球上での不眠の機序の解明,交替勤務者の対処法,南極や潜水艦内など他の類似環境への応用,寝たきり生活や活動に制約のある高齢者·障害者への応用など,様々な方面への貢献が期待されている。