宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 97, 2011

学会シンポジウム

「日本の有人宇宙飛行の過去から将来へ」

1. これまでのJAXA筑波宇宙センターにおける宇宙医学研究の歴史

須藤 正道

宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室
東京慈恵会医科大学 宇宙航空医学研究室

History of space medicine research at JAXA Tsukuba space center

Masamichi Sudoh

Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency
Division of Aerospace Medicine, The Jikei University School of Medicine

日本における宇宙医学研究は,1969年に東京慈恵会医科大学に宇宙医学研究室が開設されたことに始まる。宇宙航空研究開発機構(JAXA,旧宇宙開発事業団:NASDA)筑波宇宙センターでの宇宙医学研究は,宇宙飛行士の選抜をきっかけに1980年ころから始まった。最初は日本人宇宙飛行士の選抜,健康管理に必要な循環器系,前庭系の研究が行われ基礎データの収集が始まった。これらの研究を実施するためにPS棟(Payload Specialist:搭乗科学者,当時のNASDAの宇宙飛行士)と呼ばれる健康管理施設に下半身陰圧負荷装置(LBNP),水平回転負荷装置(回転椅子),傾斜回転負荷装置,直線加速度負荷装置が設置された。その装置を用いて,日本大学医学部による循環器系の研究,慈恵医大による宇宙における空間識混乱に関する研究,名古屋大学環境医学研究所による直線加速度刺激による仮想注視点の動揺などの研究などが行われた。
 1991年からNASDAで宇宙医学·人間科学等の研究動向に関する調査が開始され,心·循環器系,前庭神経系,骨·カルシウム系,筋活動能力,人間─閉鎖環境系,精神医学,栄養代謝,異文化不適応,疲労とパフォーマンスについて文献調査が行われた。
 1995年に宇宙飛行士養成棟(ATF)が建設されPS棟にあった装置はATFに移され,さらにダイナミック平衡機能測定装置(Equi Test)が追加された。そのほかに閉鎖環境適応訓練施設,低圧環境訓練施設も加わった。2階にはベッドレスト室も作られ,模擬微小重力実験としての6°ヘッドダウンベッドレスト研究を行うことができるようになった。1995年からフロンティア共同研究がはじまり,1996年には東京厚生年金病院による「視覚·前庭刺激による動揺病の位相非同期適応についての研究」,1997年には日本大学による「長時間の重力方向変換にともなう立位視性維持機能の変動の研究」が,ATFで行われた。1966年にはベッドレスト室を使用して7日間のベッドレスト研究が,聖マリアンナ医科大学,東京大学医学部,名古屋大学環境医学研究所,慈恵医大の共同で行われた。
 1997年にはスペースシャトルを利用したニューロラブ地上予備実験として,聖マリアンナ医科大学により耳石—眼反射および半規管—眼反射における“慣れ”の現象を指標にした,「宇宙酔い易受傷性の評価に関する研究」がATFで行われた。
 1997年からは誰でも応募可能な宇宙環境利用に関する公募地上研究制度が始まり,1997年には脳機能研究所による「宇宙船内の閉鎖空間における人の心理状態の感性スペクトル分析」,「ゆらぎ理論に基づく快適空間の構築の研究」が閉鎖環境適応訓練施設で行われた。1999年には日本大学により「長時間の重力情報変換に伴う回旋性滑動性眼球運動の3方向成分の経時的検討(ヒトの視運動性眼振のcross couplingの3方向成分の経時的検討)」がATFで行われ,2000年には順天堂大学による「微小重力環境下におけるパフォーマンス·錯覚水準の概日的特性に関する研究」をベッドレスト研究施設で,東京厚生年金病院による直線加速負荷による「耳石機能の研究·動的パフォーマンスの解析と宇宙酔い発症との関連についての研究」,聖マリアンナ医科大学による「脳内における自己空間マップの可塑性を指標とした宇宙酔い発症メカニズムの検討に関する研究」がATFで行われた。
 2007年には宇宙医学生物学研究室が開設され,JAXAプロジェクト研究員により「メダカ腸管を用いたin vivo (生体)イメージングによる宇宙環境ストレスに対する体内動態に関する研究」や「メダカを用いた活動量測定による宇宙環境ストレス応答評価に関する研究」がATFで行われている。