宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 96, 2011

会長講演

有人宇宙飛行から学んだこと,そして,これから

向井 千秋

宇宙航空研究開発機構

Human Space Flight ─ Past, Present and Future ─

Chiaki Mukai

Japan Aerospace Exploration Agency

1961年にYuri Gagarin が人類初の宇宙飛行をしてから50年が経ちます。人類はこの間に重力を振り切り宇宙飛行をするロケット技術,地球周回軌道に長期滞在する技術,地球帰還技術等の有人宇宙技術を獲得してきました。日本でも1985年には宇宙飛行士が訓練を開始し,これまでに9人の日本人が15回の宇宙飛行(初のソユーズ商業利用で飛行した日本人ジャーナリストを含む)を行い,人類の活動圏を地球から宇宙にまで広げてきています。今や「宇宙で生活し仕事をする」ことが日常茶飯事になりました。当初は米ソの国威発揚が原動力で推進された宇宙開発も現在では国際協力が必要不可欠で,この国際協力の象徴的なプロジェクトが,15カ国が参加して行われている国際宇宙ステーション計画です。地球の低軌道を周回する国際宇宙ステーションは,既存の重力レベルが微小重力環境というユニークな多目的施設で,材料科学,生命科学,技術開発,および,天体や地球の観測,そして,教育や啓蒙·普及に利用されています。日本人宇宙飛行士も2年に3人程度の頻度で6カ月の宇宙滞在を行っています。
 宇宙飛行を健康で安全に行うために医学が果たす役割は非常に大きく,そのチャレンジは,地球低軌道より遠い月や火星に人類の活動を展開(Exploration)していく事を支える医療技術の開発という観点だけではありません。一般の老若男女が宇宙旅行を楽しめるようにするための技術を開発していくことも大事なことです。また,この分野を支える研究は,重力や上下の空間識が人や生物に果たす役割を究明していくものです。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は日本人飛行士の健康管理技術をより確実なものにするために,2007年4月に宇宙医学生物学研究室(JAXA Space Biomedical Reseaerch Office, J-SBRO)を設立しました。この研究室は宇宙飛行の医学的なリスクの軽減,健康管理技術の向上,基礎医学研究,研究コミュニティの連携強化,成果の地上社会への貢献等を目的に,生理的対策,精神心理支援,宇宙放射線被ばく管理,宇宙船内環境整備,遠隔医療技術開発を推進しています。現在,軌道上研究(骨吸収へのビスフォスフォネート予防的投与,毛幹·毛根細胞への微小重力·宇宙放射線影響,ホルター心電計による生体リズム測定,人体細菌叢測定,自律型をめざした軌道上診断設備の開発等)やそれを支える地上研究,さらなる宇宙医学生物学研究テーマの準備を行っています。また,宇宙の疑似空間利用として,パラボリック飛行実験や南極大陸を利用した医学研究も実施しています。さらに,月面開拓医学の分野もそのスコープに置いて月面での健康管理技術開発や可変重力を踏まえた医学生物学研究も行っています。J-SBROは,「宇宙医学は究極の予防医学」,そして,「社会に役立つ宇宙医学」をモットーに,その成果を宇宙飛行士のみならず社会に還元すべく研究を勧めています。
このさき50年の宇宙開発は,さらなる発展をめざして宇宙商業利用の促進はもとより,一般人の宇宙旅行がそう遠からぬ未来に実現可能となる時代となるでしょう。宇宙開発は,“人類のための宇宙開発(Space for Humanity)”をモットーに,一般人の宇宙旅行の成功をきっかけとして驚くほどの速さで進んでいくことと思います。このような時代に宇宙医学,生物学が果たす役割は非常に大きいのです。