宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 95, 2011

特別講演

ヒトはなぜ宇宙に挑戦するのか

毛利 衛

日本科学未来館

Why Human Challenges the Unknown in Space ?

Mamoru Mohri

National Museum of Emerging Science and Innovation (Miraikan)

20世紀後半から今世紀にかけて私たちは科学技術を駆使して2つの新しい知を得た。1つは,宇宙から地球全体を見たこと,またもう1つは,生命のもと(ゲノム)がわかったことである。その結果,「すべての地球生命はつながっている」ということの理解だ。
 これまで私たちは要素還元的な科学を推し進めてきた。すべての現象を細かく区切り,個々の本質を明らかにすれば,おのずとすべてがわかるだろうと考えてきた。ところが,人間自身を器官ごと,臓器ごと,さらには細胞ごとと細かく区切り,ついにはDNAにまで行き着いてすべてを読み取った瞬間に,「何のことはない,人間は特別ではなく普遍的である。地球上の他の生命と何ら変わりはない」ということを自ら証明した。
 私は初めて宇宙に行く前,無重力環境を読んだり,聞いたりした予備知識ですっかりわかったつもりでいた。しかし5感で経験すると頭での予想とはまったく違う環境であった。わずか一時間経験しただけで言葉で伝えようと思っても,そもそも無理であることを納得ができた。
 私の体は重力加速度が感じられなくなったとたんから,頭ばかりではなくて,からだの細胞ひとつひとつまでもが必死に新しい環境に適応しようと懸命な努力をしている様子がわかった。そして2度目の宇宙飛行の時は最初の飛行から8年も経っているのにもかかわらず,体全体の「気づき」からすぐに無重力に適応している生命のすごさに驚かされた。
 人間はこの「気づき」を他の生命と違う方向で,社会全体として生き延びるために磨いている。それが「真善美」に挑戦する文化ではないかと思う。科学,技術,芸術ばかりではなく法律も,政治も,経済もあるいは教育も文化として社会が生き延びるためのそれぞれひとつの方法だ。この私たち人類が未来社会へ生き延びるための新しい智を求める行為そのものがヒトが宇宙に挑戦することに他ならない。