宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 87, 2011

一般演題

37. 人工重力負荷時の体液分布と重力耐性

西村 直記1,岩瀬 敏1,菅屋 潤壹1,高田 真澄1,今井 美香2,西村 るみ子1

1愛知医科大学 医学部 生理学講座
2名古屋大学大学院 医学研究科

Body fluid distribution and gravity tolerance during artificial gravity induced by a centrifuge

Naoki Nishimura1, Satoshi Iwase1, Junichi Sugenoya1, Masumi Takada1, Mika Imai2, Rumiko Nishimura1

1Department of Physiology, Aichi Medical University School of Medicine
2Nagoya University Graduate School of Medicine

【はじめに】 宇宙飛滞在中の微小重力環境に適応した状態から地上の1 G環境下に帰還した際,再適応が起こるまでに生体の様々な機能に不具合がおこる(宇宙デコンディショニング)。これまで我々は,宇宙デコンディショニングに対する対抗措置として,連日の人工重力負荷(AG)負荷が有効であるとの報告をしてきた。このAGは,直径4 mの棒状回転体内で仰臥位姿勢をとり,この装置を回転させることで生じる遠心力により,頭部へシフトした体液を下肢の方向に戻すというものである。AG時には頭部と下肢での重力勾配により,下肢への急激な体液シフトが生じるが,このような状況下においてもヒトの自律神経系は血圧や脳循環を一定に調節する機能を有する。しかしながら,これらの調節機能が破綻すると失神前兆候を来たすと考えられる。本研究は,AGによる体液分布の不均等に対する重力耐性の個人差の要因について検討した。
 【方法】 健康な成人男女13名(男性9名,女性4名: 年齢28.1±11歳)を被験者とした。被験者には人工重力負荷装置内で足を外側にした仰臥位姿勢で10分間の安静をとらせた後,心臓の位置で1.0 G(足部で約2.4 G)の重力負荷を10 分間行わせた。10分間のAGを完遂した被験者の内,了解が得られた被験者には更に連続して10分間もしくは休憩後に10分間(計20分間)のAGを行わせた。AG中に心電図,血圧(フィナプレス)および胸部と下腿部の体液分布(生体電気インピーダンス法)を連続記録した。尚,AG中の被験者とは,ヘッドフォンを介して常にコミュニケーションをとることが可能であり,体調の変化(急激な徐脈や血圧の低下など)が生じた場合には,AGを急停止させた。
 【結果】 体液分布の指標となるインピーダンス値は,AG開始時からAG終了時まで胸部では漸増し,下腿部では漸減することが明らかとなった。また,AG中は,血圧や心拍数の上昇と迷走神経活動(心拍変動HF成分)の低下,交感神経活動(LF/HF比)の亢進が認められた。13名中9名の被験者が10分間のAGを完遂でき,その内6名の被験者に対して更に10分間のAGを行わせたところ,5名の被験者が合計20分間のAGを完遂(残りの1名は17分30秒)した。 他方,AG開始後5分以内に中止に至った2名の被験者では,AG中に急激な徐脈や血圧低下がみられた。これら2名の被験者では,10分間以上のAGを完遂した被験者と比較して,心拍数の立ち上がり曲線がより急峻であり,AG中の心拍数のピーク値も約120拍/分と10分間のAGを完遂したほとんどの被験者(約100拍/分)よりも高値を示した。
 【考察】 インピーダンス値の結果から,AG中には頭部から下肢方向への体液シフトみられた。下肢への体液シフトは静脈還流量を減少させるため,心拍出量が減少し血圧が低下する。しかしながら,動脈圧受容器反射や心肺圧受容器反射を介した交感神経活動の賦活化が起きるため,心拍数の上昇や心収縮力の増加が起こるため,血圧は維持され,脳血流も一定に保たれる。早期に中止に至った2名の被験者では,交感神経活動の増加が血圧の維持を補償できず,急激な徐脈とともに筋交感神経活動の抑制による血圧の急低下がみられた(血管迷走神経性失神前兆候)と考えられる。これら2名の被験者では,AGを10分間もしくは20分間完遂出来た被験者よりもAG開始時での心拍数の上昇が急峻であったことから,心拍数の上昇の程度と重力耐性との間に関連性が認められた。これらのことは,AG開始初期の心拍数の変動からおよその重力耐性を推測することができ,AG中の失神前兆候を回避できる可能性があると考えられる。更に,AGによる血圧変動や体液シフトの程度と重力耐性との関連性についてもさらに検討を加える予定である。