宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 83, 2011

一般演題

33. 麻酔下ラットにおける90°Head-up tilt時の総頸動脈流量および体血圧変化

西村 宗修1,野村 裕子2,伊藤 康宏2,清水 強3,山普@将生2

1藤田保健衛生大学 医療科学部 臨床工学科
2藤田保健衛生大学大学院 保健学研究科
3諏訪マタニティークリニック附属清水宇宙生理学研究所

Changes in systemic arterial pressure and common carotid arterial flow after 90° head-up tilt in rats

Yoshinobu Nishimura1, Hiroko Nomura2, Yasuhiro Ito2, Tsuyoshi Shimizu3, Masao Yamasaki2

1School of Health Sciences, Fujita Health University
2Department of Physiology and Clinical Pathophysiology, Graduate School of Health Sciences, Fujita Health University
3Shimizu Institute of Space Physiology, Suwa Maternity Clinic

動脈の圧と流量は姿勢変換に伴う静水圧勾配に従って変化する。麻酔下動物を仰臥位supine position(SP)から心臓位より頭を低くすると,それら値は頭側では増加して尾側では減少する。航空機での短時間微小重力実験の弾道飛行時の重力変化でも類似の変化を示す。一方,SPから起立姿勢への体位変換時(Head-up, HU)の血圧調節には圧反射のほか前庭系など各種調節機構の関与も解明されつつある。本研究では麻酔下ラットを90°HU体位とする方法を工夫し,SPから90°HUへと瞬時に変えた時の左総頸動脈血流量(BF),体血圧(BP),心拍数(HR)を求め,HU直後の変化や回復過程を調べて血管に生じる現象の重力の係わりと圧受容器反射の関与を検討した。 
 動物の取り扱いは日本生理学会と藤田学園動物実験規定に従い,藤田学園動物実験委員会の承認を得て行った。成熟SDラット(♂,420〜595 g)7匹をurethane(1〜1.2 g/kg,腹腔内投与)で麻酔し,気管チューブの挿入ならびにBFとBP測定のための左右総頸動脈と交感·副交感神経束の露出と分離の頸部手術を行った。左総頸動脈には血流計プローブ(Transonic, 2 mm)を装着し,右総頸動脈から血圧測定用カテーテルを大動脈弓部分岐部近くまで挿入して心臓位固定の圧トランスデューサに接続した。胸部皮下へはHRを求めるための心電図導出用電極をCM5誘導相当位置に固定した。BF計測には超音波血流計(T206;Transonic, USA)を用い,その出力と心電図電極ならびに圧トランスデューサをパーソナルコンピュータ(PC)に連動したアナログデジタル解析装置(MP-36, Biopack System, USA)に接続し,BF,BPとHRを計測してPCにデータを保存した。HUは,体位変換時の体自体のズレを最小にするための独自の保定箱(発泡スチロール製)に動物を固定し,SPから90°HUを速やかに行って15分間その姿勢を保ち,再びSPへ戻した。
 BPとBFはHU直後の4.4±1.4 sec(mean±SD)に,HU前コントロール値に対して有意に減少し(paired-t test, p<0.01),前者は体位変換前の92.6±17.2 mmHgから15.0%,後者は6.31±1.94 ml/minから18.0%に減少した。その時点でのHRはHU前後で変わらなかった。その後,BPとBFは増加に転じてHU開始から47.5±11.5秒後に,ほぼ一定値に達するがHU前値には戻らなかった。一方,HRはそれらが一定値を保つ時にHU前より高めの値を示し,SPに戻す直前(HU 15分)は有意な増加であった(407±50.6 beats/min vs 395±58.4, p<0.05)。
 以上より,HU直後の体血圧低下と頭側の血流量減少は,血管拡張性にも左右される重力による静水圧勾配が瞬時に生じることに起因し,その後,直ちに増加に転じてHRが高めの値を維持したので,HU中の静脈還流量減少に伴う1回拍出量減少に見合ったHRの増加があり,90°HU後の循環調節は脳供血を保つように働く圧受容器反射が主体であると考えてよい。