宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 82, 2011

一般演題

32. ラットの咬合運動時における脳血圧上昇に対する上歯槽神経及び下歯槽神経の影響について

東海林 一郎1,丸山 聡2,西田 育弘2

1航空自衛隊 奈良基地医務室
2防衛医科大学校 生理学

The role of alveolar nerves on the pressor response induced teeth clenching in rats

Ichiro Shoji1, Satoshi Maruyama2, Yasuhiro Nishida2

1Medical Squadron, Japan Air Self-Defense Force Nara Air base
2Department of Physiology, National Defense Medical College

【背景】 以前我々が実施した麻酔下ラットを用いた実験により,咬合運動による動脈圧上昇が+Gz負荷時における脳動脈圧低下を代償できる可能性を実証した。しかし,咬合パターンによる効果の違いや動脈圧上昇の機序については明らかになっていない。
 【目的】 咬合パターンによる動脈圧上昇効果の違いを検討し,最も効果的なパターンを決定するとともに,上下顎歯の支配神経である上歯槽神経及び下歯槽神経が動脈圧上昇にどの程度関与しているかを確認した。
 【方法】 実験にはウレタン麻酔を施したSprague-Dawley(SD)ラットを使用し,動脈圧,心拍数及び中心静脈圧を計測した。咬合の誘発は両側咬筋への十分な電気刺激により惹起し,刺激時間は30秒間とした。動脈圧上昇が最大となる咬合パターンの検索には,SDラット5匹を用いて6種類の咬合パターンによる咬合運動を誘発し,電気刺激開始前の10秒間と,電気刺激開始後20〜30秒の10秒間の動脈圧の平均値を算出し比較検討した。咬合運動に伴う動脈圧上昇への上歯槽神経及び下歯槽神経の影響については,最も効果的な咬合パターンを採用し,SDラット8匹を用いてリドカインによる上顎臼歯部局所麻酔及び下顎孔伝達麻酔を実施することで検討した。
 【結果】 咬合パターンの違いによる動脈圧上昇の平均値は,咬合間隔0.6,1.6,2.6,3.6及び4.6secでそれぞれ17.7±5.2,11.2±4.6,7.1±5.6,4.7±4.7 及び 5.7±4.8 mmHgとなり,咬合間隔が短いほど動脈圧上昇の程度が大きくなる傾向を認めた。また30秒間連続して噛みしめ続けた場合,動脈圧上昇の平均値は16.5±6.6 mmHgであったが,時間の経過とともに減弱する傾向が認められた。心拍数及び中心静脈圧については咬合パターンの違いによる差を認めなかった。上下顎局所麻酔を実施したところ,咬合運動による動脈圧上昇の平均値は,実施前で15.2±6.0,実施30分後で5.7±8.3,実施60分後で5.9±6.6 mmHgとなり上下顎局所麻酔により約63%の応答をブロックした。心拍数は局所麻酔により低下する傾向が認められたが有意差は認めず,中心静脈圧については変化を認めなかった。また,これらの効果は局所麻酔薬の代わりに生理食塩水を使用した場合には認められず,局所麻酔効果の低下に伴い咬合運動時における動脈圧上昇が回復した。
 【結論】 ラットの咬合運動時における動脈圧上昇は,咬合パターンが異なると効果が異なることが示され,咬合間隔が短いほど大きくなった。しかし,噛みしめ続けた場合には動脈圧上昇の経時的な減弱を認めた。また上歯槽神経及び下歯槽神経が咬合刺激の求心路の過半を占めることが示唆された。