宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 78, 2011

一般演題

28. Dexamethasone誘導性筋萎縮に対するCblin(Cbl-b inhibitor)の作用

上村 啓太1,中尾 玲子2,二川 健1

1徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 生体栄養
2宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物生物研究室

Effect of Cblin for the muscle atrophy by dexamethasone

Keita Kanmura1, Reiko Nakao2, Takeshi Nikawa1

1Department of Nutritional Physiology, Institute of Health Biosciences, The University of Tokushima Graduate School
2Space Biomedical Research office, Japan Aerospace Exploration Agency

宇宙における無重力環境下において見られるUnloading環境は,病床での寝たきりの際にも見られる。近年,急速に高齢化の進む我が国では,寝たきりや運動不足による筋萎縮が大きな社会問題となっている。筋萎縮に対する有効な予防·治療方法は,食事療法も含めて未だ確立されておらず,運動療法(リハビリテーション)に頼っているのが現状であり,その治療や予防は難しいとされている。一般に,Unloading環境下では,筋タンパク質の主要な分解経路であるユビキチン·プロテアソーム系が重要な働きをしていることが知られている。この分解機構は,筋組織の恒常性を維持するシグナル伝達経路であるIGF-1(Insulin-like growth factor-1:インスリン様成長因子)シグナルによって調節されている。我々はこれまでの研究で,ユビキチンリガーゼであるCbl-b(Casitas b-lineage lymphoma b)の発現が増大することで,IGF-1の細胞内シグナル分子であるIRS-1を基質として分解することで,IGF-1シグナルを負に調節し,筋萎縮を引き起こすことを明らかにした。ユビキチンリガーゼは,基質タンパク質の特定のアミノ酸配列を認識して結合する。今回,Cbl-bもその基質のIRS-1に結合することで分解を誘導するということに着目し,ある特殊な配列を有するペプチドCblin(Cbl-b inhibitor)は,ユビキチンリガーゼと基質タンパク質との結合を競合的に阻害するため,IGF-1シグナルを保護する結果,筋萎縮に対する予防·治療効果に有効性を持つことを見出した。これまでに,Cblinは,試験管内や細胞培養系において,IRS-1のユビキチン化を抑制することや,同じく廃用性筋萎縮のモデルである,坐骨神経切除を施したラットにCblinを筋肉注射すると,筋萎縮を抑制し,筋肉中の筋萎縮関連遺伝子Atrogin-1の発現上昇を抑制することを報告している。本研究では,医療の現場においてステロイドとして投与され,その副作用が廃用性筋萎縮を惹起する一因となっている糖質コルチコイドDexamethasoneに対して,細胞培養系において,Cblinがその機能性を有するか検討した。Cblinは,Dexamethasoneによる培養筋管の萎縮を抑制する結果が得られた。また,その時,DexによるIRS-1のタンパク質分解も抑制している結果も得られた。今後は,Cblinが筋タンパク質分解系に及ぼす影響だけでなく,筋タンパク質合成系に及ぼす影響をターゲットとし,検討を進めていく予定である。Cblinの機能性を証明することで,宇宙での無重力環境下や,病床で起こる廃用性筋萎縮の予防·治療法の一助となることを目指す。