宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 76, 2011

一般演題

26. 機内での理学所見からだけでは診断が困難であった呼吸苦症例

菊地 宏久

財団法人海外邦人医療基金 マニラ日本人会診療所

A case of dyspneic patient while on flight which made the diagnosis difficult

Hirohisa Kikuchi

Japan Overseas Medical Fund stationed in Manila Japanese Association Medical Clinic

【はじめに】 某国から空路他国へ移動中に機内で呼吸困難を起こし,同乗の医師から「虚血性心疾患」の診断を受けマニラに緊急着陸した症例を経験した。緊急着陸後に明らかになった診断は「右完全気胸」であった。機内環境下での理学所見だけからでは診断が困難であった完全気胸症例を経験したので報告する。
 【症例】 成人男性,身長176 cm,体重60 kg。やせ形の体型。搭乗前日から労作時の息切れがあった。昨年の健康診断では心電図や胸部レントゲン検査で異常を指摘されていない。生活習慣病なし。喫煙歴なし。飛行機が離陸後30分経過した頃,座っていても呼吸苦が出現したため添乗員へ連絡した。軽度の咳も認めた。機内に偶然居合わせた3名の医師が対応した。患者は病歴を聞かれたため,「数年前の日常生活中に同様の症状があり救急病院を受診し心電図検査をうけた。その結果“心電図は正常だが狭心症の可能性もある”と救急病院の医師に言われた」ということを機内の医師たちに話した。
 その患者に対し機内で行なわれた医師たちの処置は聴診,血圧測定,ニトログルセリン(NTG)の4回舌下であった。NTGの効果は明らかではなかった。機内では心電図検査·酸素飽和度測定·酸素投与は行なわれていない。機内の医師達の診断は「虚血性心疾患」であった。数時間後も症状の改善がないため空路途中のマニラ国際空港に緊急着陸し,その後当クリニックへ連絡があり来院した。当クリニックでの診断は「右完全気胸」であった。
 【考察】 診断が困難であった要因として医師の能力,聴診能力,患者言動への先入観,また物理的環境要因としては機内の雑音,時間的制限,閉鎖空間 での対応,検査機器制限などが考えられる。
 【まとめ】 機内環境下において診断が困難であった完全気胸症例を経験した。今後,機上などの非日常下での模擬訓練を含めた医師研修と機内準備医療機器についての見直しも考える必要がある。