宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 74, 2011

一般演題

24. 医療事故の調査について ── 航空機事故調査との関係に於いて ── その2

吉田 泰行1,井出 里香2,中田 瑛浩3

1千葉徳洲会病院 耳鼻咽喉科 健康管理課
2東京都立大塚病院 耳鼻咽喉科
3威風会栗山中央病院 泌尿器科

A consideration on investigation into medical treatment accident, part 2 by the comparison of air crash air crash accident investigation

Yasuyuki Yoshida1, Rika Ide2, Teruhiro Nakada3

1Department of ENT and Health Administration Clinic, Chiba Tokushuhkai Hospital
2Department of ENT, Ohtsuka Metropolitan Hospital
3Department of Urology, Kuriyama Central Hospital

我々は産業医として日常臨床のみならず産業医学の現場に立ち労働安全衛生上の管理をも行いその立場から医療上の安全管理についても機会有る毎に発表を行ってきた。医療事故に限らず全ての事故に関して,事故が起こってから単に法律違反として立件·検挙·起訴·処罰する事は将来の事故予防に対しては何ら意味を成さない事を強調してきた。特に演者は宇宙航空医学にも関与する者として国際的合意の有る航空機事故調査の行い方について此れが将来の事故防止に最適である事及び国家体制の如何に関わらず国際基準として受容されている事に鑑み,医療事故についても考察を行い既に千葉県医師会学術会総会に於いて発表を行ったが社会情勢の変化も有り新たな考察を加え,新ためて本学会にも発表し会員諸兄のご批判を仰ぎたい。
 事故は偶然の要素も有るが,それ自身では事故まで至らない要素の積み重ねで起こる。その要因とはヒヤリ·ハットの様なインシデントと言われるものである。大事故の影に幾つかの小事故,小事故の影に更に多くの事故に至らない事象が存在する。従って事故に至らなかったインシデントの分析で将来起こるであろう事故の予想ができる。其の為には其れらインシデントの収集·分析が欠かせない。これ等をまとめたものがハインリッヒの法則を代表とする諸法則で有る。但しこれ等行う為には幅広くインシデントの事例を収集する必要が有るが,この際に事故に繋がる事を行ったとして報告者が躊躇する事が有ってはならない。其の為には報告に対して免責を与えるか組織としての安全に寄与したとして褒賞を与える必要が有る。
 事故調査には二種類有る。 責任の追及と将来の予防である。 責任の追及とは,だれが悪いかに基づき罰則を取らせ抑止力として作用させる事である。警察の捜査で法令違反の有無を調べ,司法の判断を下す。即ち容疑が固まれば起訴し判決を仰ぐ。 将来の予防とは,何が悪いかを明らかにし将来同じ原因で起こるであろう事故を完全に予防する事である。 この為には警察·司法から独立した事故調査機関による調査が必要であり,関係者に真実を語らせる為の免責の確保も必要である。
 航空機の事故調査に当たっては将来同じ原因で起こるであろう事故を確実に予防する事のみを目的としてわれ,責任の追及は含まれていない。此れは国際条約,通称シカゴ条約,と言われるICAO(国際民間航空機構)の基本条約に定められており(付則第13条),政治体制の如何に関わらず殆どの国に受け入れられている国際標準である。
 現在の我が国の医療事故の調査は,先ず警察の捜査が行われる。即ち故意ではない事故であっても法律違反が無いかの捜査が行われ,有れば犯罪として立件され,その間容疑者として逮捕·拘束,腰紐·手錠が掛けられ,凶悪犯の如き扱いとなる。立件されれば送検·起訴され,判決が出る迄は推定無罪の筈が留置される。然し乍ら,我々臨床医が行う医療行為は準委任契約であり,全力を尽くすことは約束として果たすが,不確定要素が有る為結果は保証できないものである。
 ヒューマンエラーは事故の最大要因の一つであるが罰則を与えて抑止力にする事は適当ではなく,システム全体の問題点の現れとして捕らえて将来の予防に徹する事が重要であると考えられる。