宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 73, 2011

一般演題

23. ヘリコプターによる母体搬送における振動の人体への影響について

小原 まみ子1,葛西 猛2,益子 邦洋3

1亀田総合病院 腎臓高血圧内科
2亀田総合病院 救命救急センター
3日本医科大学千葉北総病院 救命救急センター

Safety of emergency maternal transport using helicopters:Impact of vibration on pregnant women

Mamiko Ohara1, Takeshi Kasai2, Kunihiro Mashiko3

1Department of Nephrology, Kameda Medical Center
2Emergency and Trauma Center, Kameda Medical Center
3Department of Emergency and Critical Care Medicine, Nippon Medical School Chiba Hokusoh Hospital

【目的】 妊婦の母体·胎児に緊急治療を必要とする重症合併症が発生した場合,児の治療とともに母体の合併症に対する専門的治療を速やかに開始しなければならない。出産年齢の高齢化に伴いハイリスク妊娠が増加しているが,高度周産期医療施設は不足している。そこで,近隣に受入高度周産期医療施設がない場合,遠隔地施設への搬送が必要になるが,ヘリコプター(ヘリ)の振動の人体侵襲性は明らかにされていない。このため,母体ヘリ搬送時の振動の人体への影響調査を行った。
 【方法】 ドクターヘリによる救急母体搬送の妊婦4名と正常妊娠ボランティア妊婦1名(試験飛行2回)について,母体ヘリ搬送時の振動と,母体の心拍数,血圧,酸素飽和度,母体腹壁外圧(子宮収縮の強度,持続時間,周期,胎動),胎児心拍を測定した。振動測定値を,ISO-2631(人体の全身振動暴露)を元に,全身振動の人体感覚補正として等価加速度演算(aw, aw max)とweighting;Wd(水平)とWk(垂直)(水平軸 Wd:k=1,垂直軸 Wk:k=1)により補正し,解析した。また,評価の参考として,正常妊娠ボランティア妊婦1名の救急車による搬送を2回施行し,同様の測定を行った。
 【結果】 母体ヘリ搬送時の振動実効値(RMS, m/s2)はx=0.189±0.062,y=0.079±0.025,z=0.224±0.075と全軸で人体へ有害な影響を与える閾値以下,合成振動値(aw, m/s2)は0.314±0.04,振動の衝撃の強さの指標となるCrest Factor は6.9003〜7.935であった。救急車搬送時の測定値は,振動実効値(RMS, m/s2) x=0.209±0.001,y=0.203±0.073,z=0.570±0.163,合成振動値(aw, m/s2)=0.635±0.177,Crest Factor=11.480〜12.698であり,ヘリ搬送時の測定値は救急車搬送時のものをさらに下回るものであった。搬送中,母体腹壁外圧,母体バイタルサイン,胎児心拍は安定していた。
 【考察】 ヘリ搬送時の合成振動値を,健康障害·作業効率(Fatigue-Decreased Proficiency)の境界で解析すると約15時間·約7時間,さらに,快適性の境界で解析した場合でも約0.9時間の暴露が許容される値であり,ヘリ搬送時の振動の人体への影響の低さが示唆された。(救急車搬送:それぞれ,約9時間,約3時間,約0.3時間)ヘリ搬送時のCrest Factorは低値であり,加えて,搬送中の母体子宮収縮,母体バイ タルサイン,胎児心拍は安定しており,ヘリの振動は搬送中の人体(母体·胎児)への衝撃が少ないことが示唆された。
 【結語】 ヘリによる母体搬送時の振動は,人体に有害な影響を与えないと見込まれる全身振動暴露許容値を充分に満たし,ドクターヘリによる母体搬送の安全性が示唆された。