宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 72, 2011

一般演題

22. ベクションの脳内メカニズム:脳磁界計測による検討

中川 誠司1,中川 あや1,2

1独立行政法人 産業技術総合研究所 健康工学研究部門
2市立池田病院 耳鼻咽喉科

Dynamic cortical activation associated with vection revealed by magnetoencephalography

Seiji Nakagawa1, Aya Nakagawa1,2

1Health Research Institute, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology
2Department of Otolaryngology, Head and Neck Surgery, Ikeda Municipal Hospital

視野の大きな領域に一様な運動刺激が提示されると,あたかも自らの身体が動いているような感覚(視覚誘導性自己運動知覚,ベクション)が生じる。ベクションは自己の等速運動の把握に重要な役割を担っていると考えられるが,その発生機序には不明な点も多い。一方,近年のサルを用いた研究やヒトによる非侵襲計測によって,頭頂葉から島後部にかけた部位(parietoinsular vestibular cortex:PIVC)や頭頂間溝の前端(area 2v),上側頭溝付近,area 3a,area 4,area 7,MST などが前庭入力を受けることが報告されている。これらの前庭皮質(vestibular cortex)は,単に前庭入力を受けるだけでなく,視覚や前庭覚,深部知覚の融合から生成される空間識の処理を担うと考えられており,ベクションの発生にも関与している可能性がある。ベクション発生に関わる脳内活動部位の同定を目的として,脳磁界計測を行った。
 ランダムに発生したドットが一様に運動することで,被験者に直線ベクション(linear vection:LV)もしくは回転ベクション(circular vection:CV)を生じさせる刺激,また,それらと平均輝度,ドットの平均運動速度,角度が等しいものの,運動が一様でないために LV もしくは CV が生じない比較刺激を作成した。それらの刺激を定速,もしくは10秒に一回の頻度で速度が増加する条件で被験者(健常成人10名,右利き)に呈示し,全頭型脳磁界計測装置(Neuromag-122TM)で脳磁界を計測した。定速刺激条件では刺激呈示中の自発活動を計測し,速度変化条件では,速度上昇に伴う誘発反応を加算平均によって求め,そのデータを用いて脳内電流分布を推定した。なお,被験者にはボタン押しによって,計測中のベクション発生の有無を報告させた。また,計測後に各刺激条件に対して生じたベクションの主観的強度を報告させ,本実験で生じた LV と CV の強度がおよそ同一であること,比較刺激ではベクションが発生していないことを確認した。
 ベクション発生中は,比較刺激呈示中に比べて,側頭部や頭頂部を覆うチャネルにおいて 0.4 Hz付近にピークを有する低周波活動が増大し,α波を中心としたおよそ10 kHzの自律活動の減衰が観察された。また,刺激速度の増大に伴うベクション強度の増加によって,島後部,上/下頭長小葉,中心溝付近,上側頭溝付近の活動が特異的に増大することが示された。一方,LV と CV でこれらの活動はほぼ一致していた。得られた結果は,LV,CVに関わらず,ベクション発生には前庭皮質と呼ばれる複数の部位が関与することを示している。視覚や前庭覚,深部知覚などの情報統合を行うこれらの部位の連携的活動によって,ベクションが生成されていると考えられる。