宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 70, 2011

一般演題

20. 視野傾斜を用いたドライビング·シミュレータ酔の抑制

奥田 翔,小澤 惇一,本間 秀典,井須 尚紀

三重大学 工学部

Inhibition of driving simulator sickness by inclination of visual field

Sho Okuda, Jun-ichi Ozawa, Hidenori Homma, Naoki Isu

Faculty of Engineering, Mie University

本研究ではドライビング·シミュレータで与える視覚刺激に主眼を置き,シミュレータ酔を抑制する映像の呈示法について検討した。自動車の運転手はカーブ時に,遠心力を打ち消す方向に頭部を傾ける。本研究では,カーブする際に運転手が遠心力を知覚するように,視野の傾斜を与えるシミュレータを作成し,視野の傾斜がシミュレータ酔やシミュレータの性能に与える効果を検討した。
 市街地の仮想空間を3Dグラフィクスにより呈示し,道路を自動車で45秒間走行させた。3D映像システムには反射型偏光方式を採用し,偏光用円筒大型スクリーン(高さ2.60 m,半径10 mの円筒の60 deg円弧の曲面)に動画像を投影した。被験者の頭部がスクリーンの手前4.0 mに位置するようにコクピットを設置した。被験者から見たスクリーンの視角は水平103 deg×垂直36 degとなった。カーブ時に作用する遠心力を知覚させるために,運転手の頭部や車体が遠心力の大きさに応じて傾くことで車外風景と車内視界が傾斜する呈示法を考案し,いずれも傾かない呈示法と比較した。基準となる呈示法0(視界の傾斜無し),呈示法1(車外風景と車内視界がカーブの外側に傾く),呈示法2(車外風景と車内視界がカーブの内側に傾く),呈示法3(車外風景のみがカーブの外側に傾く),呈示法4(車外風景のみがカーブの内側に傾く)を用意した。5種類の呈示法のもとでの運転中に感じる不快感·直線走行時のリアリティ·カーブ時のリアリティ·運転のしやすさを2件法で被験者に一対比較させ,比較判断の法則(ケースX)に基づいて距離尺度化した。また,被験者には3軸ジャイロセンサを取り付けた帽子を被らせ,頭部運動を測定した。20歳前後の健康男女25名を被験者に用いて,総比較数1,000回の実験を行った。
 カーブ時に傾斜する車外風景と同方向へ頭部のロール傾斜が観測され,呈示法1と呈示法3ではカーブの外側へ,呈示法2と呈示法4ではカーブの内側へ頭部が傾斜した。頭部のロール傾斜の大きさは車内視界の傾斜の有無に依存せず,車外風景の傾斜のみによって誘導されることが示された。なお,呈示法0では大きな頭部傾斜は見られなかった。呈示法3では呈示法0と比べて不快感が軽減され,カーブ時のリアリティ,運転のしやすさが向上した。一方,呈示法1,呈示法2,呈示法4では不快感が増強し,カーブ時のリアリティ,運転のしやすさが低下した。直線走行時のリアリティにはいずれの間にも有意な差が見られなかった。呈示法3では,前庭感覚によって知覚される遠心力と視覚から知覚される遠心力の向きと大きさがよく一致し,かつ実車で知覚される遠心力と類似しているため,不快感が抑制されたと考えられる。各評価項目間の相関を検討したところ,不快感─カーブ時のリアリティおよび不快感─運転のしやすさには負の相関が得られた。また,カーブ時のリアリティ─運転のしやすさには正の相関が見られたが,直線走行時のリアリティとの間に相関の見られる項目は無かった。カーブをリアルに感じると運転しやすく,不快感が抑制されることが示された。
 本実験の結果は,車外風景のみをカーブに対して外側へ傾ける呈示法がシミュレータ酔抑制に有効であることを示した。また,カーブ時のリアリティおよび運転のしやすさも同時に向上することが示された。