宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 69, 2011

一般演題

19. 放物線飛行中の頭部傾斜感覚に対する重力と視覚情報の影響

和田 佳郎1,金子 寛彦2,平田 豊3

1奈良県立医科大学 生理学第一講座
2東京工業大学大学院 総合理工学研究科物理情報システム専攻
3中部大学 工学部 情報工学科

Effects of micro- and hyper-gravity with/without visual information on head roll perception during parabolic flight

Yoshiro Wada1, Hirohiko Kaneko2, Yutaka Hirata3

1Department of Physiology I, Nara Medical University
2Interdisciplinary Graduate School of Science and Engineering, Department of Information Processing, Tokyo Institute of Technology
3Department of Computer Science, Chubu University College of Engineering

【目的】 放物線飛行を利用して,我々が計画している「長期宇宙滞在中の傾き感覚の形成に対する視覚と頸部深部感覚の関与」をテーマとした宇宙実験の予備実験をおこなった。
 【方法】 実験は健常成人4名を対象に,航空機内で被験者を座位にて身体を固定し,放物線飛行中のmicro-G,その前後のhyper-G(1.8 G, 1.5 G),地上の1 Gという各種重力環境下において,3種類の頭部傾斜条件(直立,左および右20度のroll傾斜)と2種類の視覚条件(暗所,明所)を組み合わせた6種類の実験条件下で自覚的身体軸方向(Subjective visual body axis,SVBA)を測定した。SVBAの測定には宇宙実験で使用予定のDokodemo SVBA測定装置を用い,バイトバーに接続した柄の先端のdisc(被験者の眼前18 cm,直径15 cm)上のbarを手動にて自覚的な身体軸方向に合わせるよう指示し,各重力環境下において3回測定した。実験後,被験者の前額部および前方に設置したカメラにより撮影した映像から,各条件における頭部傾斜角度(身体軸と頭部軸の角度)と頭部傾斜感覚(頭部軸とSVBAの角度)を解析した。頭部傾斜角度を横軸,頭部傾斜感覚を縦軸として結果をプロットするとほぼ直線状になることから,近似直線のslopeを傾き感覚Gain(=1:正確,>1:傾きを過大評価,<1:傾きを過小評価)としてあらわした。
 【結果】 暗所での傾き感覚Gainは,1 Gでは1前後ではあるがバラツキが大きく(1.50, 1.32, 0.87, 0.67),micro-Gになると4名とも1 Gの時よりも小さくなった(1.20, 0.80, 0.16, 0.35)。hyper-G(1.8 G)になると傾き感覚Gainが1 Gで1より大きい被験者はさらに大きく(1.82, 1.32),1 Gで1より小さい被験者はさらに小さくなった(0.63, 0.06)。暗所から明所になると傾き感覚Gainは1 G,hyper-Gでは4名とも1に近づいたが,micro-Gではほとんど変化がなかった。
 【考察】 1) 暗所,micro-Gでは視覚入力も耳石器入力もほとんど無いにも関わらず傾き感覚Gainは4名の平均が0.63と0よりも十分に大きかった。この結果は,傾き感覚が頸部深部感覚入力のみにより生じたことを示しており,長期宇宙滞在によってその関与が次第に大きくなっていくと予想している。 2) 暗所ではhyper-Gになると傾き感覚Gainは1 Gの時よりも大きくなると予想していたが,逆に小さくなる被験者が2名認められた。この2名の傾き感覚Gainはいずれも1 Gで1より小さく,非日常の重力環境(1 G以外)では傾き感覚が抑制される特性を示している可能性がある。 3) 明所では視覚情報があるため傾き感覚Gainは暗所の時よりも1に近づくと予想し,1 Gやhyper-Gでは予想通りであったがmicro-Gでは差がなかった。20秒間という短時間のmicro-Gでは視覚効果が発揮できない可能性が考えられる。以上の予備実験の経験や結果を参考にして準備中の宇宙実験をさらに充実した内容に改良していく予定である。