宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 63, 2011

一般演題

13. 国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士の身体真菌叢評価:Myco中間報告

山崎 丘1,2,3,槇村 浩一1,2,3,山田 深4,5,向井 千秋4

1帝京大大学大学院 宇宙環境医学
2帝京大学 医学部 医科生物学
3帝京大大学 医真菌研究センター
4宇宙航空研究開発機構 有人宇宙環境利用ミッション本部
5宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学

Mycological evaluation of crew member exposure to ISS ambient air Myco Quick Reference Summary

Takashi Yamazaki1,2,3, Koichi Makimura1,2,3, Shin Yamada4,5, Chiaki Mukai4

1Laboratory of Space and Environmental Medicine, Teikyo University
2Faculty of Medicine, Teikyo University
3Institute of Medical Mycology, Teikyo University
4Human Space Systems and Utilization Directorate, Japan Aerospace Exploration Agency
5Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency

地上施設の微生物叢は,建てられた土地の気候や立地条件,利用状況などを色濃く反映し,空調機の運転状況や降雨,強風などによっても容易に変化する。一方,宇宙空間において完全に閉鎖された状態を維持する宇宙船内では,地上と異なり外的環境の影響をほとんど受けない。また,地上では真菌の胞子や分生子は重力の影響により地上に落下するが,宇宙船内では落下せずエアフィルターにトラップされるか,壁面に付着しない限り船内を浮遊し続けることとなる。以上のように特殊な人工的閉鎖環境下における有人宇宙施設内の微生物叢変化を経時的に調査するために,国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」において船内環境中の微生物モニタリング(Microbe-I, II & III)が実施されている。同時に私たちの研究グループは,ISSに滞在する宇宙飛行士の身体から検体を採取し,滞在中に微生物が宇宙飛行士に与える影響を評価する研究(Mycoプロジェクト)を実施している。本報告は,2009年から2010年の間にISSに滞在した6名の宇宙飛行士(内短期滞在4名,長期滞在2名)を対象として実施したMyco研究プロジェクトの中間報告である。
 粘膜検体は,エアフィルターとして機能し,与圧部空気中の微生物環境を最も反映すると考えられる鼻腔および咽頭から綿棒により採取した(喀痰検体も採取)。皮膚検体は,最も与圧部空気に触れている時間が長く空気中の埃などが付着しやすい部位である頬,およびその対照として通常被服下の前胸部からドレッシングテープにより採取した。検体は飛行前(打上30〜90日前),飛行中(短期滞在クルーは滞在1週間,長期滞在クルーは滞在30日以上経過後),飛行後(帰還30〜90日後)にそれぞれ採取した。飛行中の検体採取はスペースシャトルの飛行スケジュールに合わせ,ISSからのアンドック60時間以内に実施され,得られた検体は冷蔵でスペースシャトルにて地上に運ばれ,帰還後直ちに培養試験に供された。
 培養試験により上部呼吸器系由来検体の真菌のコロニー形成能(CFU)を解析したところ,ISS滞在時にはCFUが減少し,帰還後回復する傾向を示した。また,培養された真菌の同定を行ったところ,生育した真菌は私たちの生活環境中にごく普通に存在する真菌であった。「きぼう」において実施されている船内環境中の微生物モニタリング(Microbe-I, II & III)によれば,当時の「きぼう」は打上げられてから間もなかったこともあり,船内の清浄度が高かったことが理由のひとつとして挙げられるものの,本結果はあくまで生育能の高い真菌の検出に過ぎず,今後分子生物学的手法による詳細な解析を行う必要がある。また,皮膚検体解析の結果,代表的な皮膚常在性真菌であるマラセチア属の頬における総量がISS滞在開始から比較的早い時期に増加し,滞在が長期に亘ると,徐々に増加する傾向にあること,帰還後は30日程度で宇宙滞在前の状態に回復することが示された。ISS滞在中に総マラセチア量が増加するのは入浴できない影響が大きいと考えられるが,宇宙滞在中は比較的脂性肌になることが経験的に知られており,好脂性真菌の増加が原因で皮脂の分泌が亢進され,またさらに増加するという悪循環に陥っている可能性もある。現在詳細な解析を進めている。